目に若葉(2)

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青梅駅から旧青梅街道を西へ歩き始めて、多摩川河畔の「日向和田臨川庭園」にいる。

現在の青梅街道からだいぶ離れた川沿いの細道に入り、周りは若葉々々の洪水、その中でこの日本式庭園も刈り込まれた躑躅、赤い紅葉の若葉、いくつかの喬木に緑が溢れている。持参の握り飯を1個かじって鶯の下手鳴きに耳を澄ます。

青梅の宿場を外れたこの辺りまで来ると、車が行きかう現在の青梅街道につかず離れずしながら旧街道の細道が続く。車はめったに走ってこないし、住人が長閑に畑を耕したり歩いたりしていて、のんびりした気分になれる。ぼおうお~~とした気分で歩いてもよいのだ。

 

 

臨川庭園を出て川沿いの細道を上り下りしつつ現街道に突き当たり、向かい側の細道に入る。この旧街道は山側を、現街道に並行しながら続いている。民家の庭の桃やミツバツツジの花が目を楽しませてくれる。

 

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 日向和田駅の近くで旧街道の細道が途切れ、嫌でも現街道に出なければならない。嫌だけど出た。出たところに川向こうの吉野梅郷に渡る橋があり、昔は萬年橋という年中渡れる橋であったとか、説明板が立っている。

傍に”へそ饅頭”の店があり、やはり昔、萬年屋という茶店のがあった場所ということだけれど、この饅頭屋はその末裔ではないか? 店主に聞くと饅頭屋は昭和27年から、それ以前のことは知らね! と答えた。

 

 

 しばらくは現街道の歩道を歩くしか手がない。そして石神前駅を過ぎたところでまた山側に旧街道の細道が続く。この道は別名、海禅寺通りというらしい。先のほうに海禅寺という都指旧跡であるお寺がある。

 

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前方の 脇道からひょいと小ちゃくって愛らしい婆さんが出てきた。

赤い毛糸のベレー帽を頭に乗せた顔を振り向けて、「ハイキングかね、山道歩けばいいに」というから「歳取って山道はきつい、ズルして平地を歩いている」というと「あに歳だって、わたしゃ昭和16年だよ、頭だってほらこんなに」と言って帽子をとる。短く切った白髪頭が現れた。こっちも帽子をとって「おまけにこっちは禿げている」。

ベレーの婆さんと並んで話しながら歩く。婆さんは話し始めると、とめどなくなった。急ぐ旅にあらざれば付き合うことに腹を決める。曰く、武蔵村山の生まれだが秋田の男と一緒になった、というのは姉の家に遊びに行ったらそこにいた、お見合いだった。

曰く、ところがこの男が大当たり、もう何年間も朝飯を作ってくれるわ、優しいわ、酒も煙草もピタリと止めるわ、私しにゃ出来過ぎじゃった。秋田の庄屋の12男坊、実家が農地解放で土地を取られて、しかし元の小作農を大事にして地元の名士で県会議員の家柄じゃ。後になってトラック2台分も掛軸など燃やしてしもうたが、今考えると惜しいことをした。

曰く、私しゃこういう性格だから、親戚の面倒も甥っ子の面倒もずいぶん見た、誰だってお客扱いしないから、みんな気楽にこっちに立ち寄ってくれる。子供は二人、長男は今でも時々様子を見に来るし、長女は外国にも勤務し今横浜でばりばりやっている。もう今が一番いいとき、なにも言うことないわ。

ゆるゆると一方的に話を聞きながら海禅寺まで来たので、立ち寄るからと言ってベレーの婆さんと別れた。婆さんは「よくお参りしなされ、気いつけてな」と手を振って線路の向こう側に消えていった。亭主が大当たり、かぁ~!。

 

 

海禅寺の急な石段を登って境内に入る。緑がむせ返るようなそこここに、さまざまな色のシャクナゲが咲いていて、その間を縫って爽やかな風が吹き抜けていく。そこいらに幾枚か都指定旧跡の説明板が立っている。豪族三田氏が厚く保護した禅宗寺院。

 

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 説明板によればこの寺域一帯が都の旧跡であり、境内の斜面にある宝篋印塔はこの地の豪族三田氏(一説には平将門の末裔とも)の供養塔ではないかと言われている。三田氏はこの地のほか入間、高麗群まで広く支配したが、最後はこの上の尾根にある辛垣城を北条氏照に攻め滅ぼされ滅亡したという。

 

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 お昼に食い残した握飯の1個を食い、煙草をふかし、ゆるりと切株に座って様々な色合いのシャクナゲを眺め、春の午後のここちよい風に身を任せて大休憩する。何年か前、同じルートを歩いてここまで辿り着き、熱中症になりかけたことなども思い出した。

 

 

 海禅寺を出てまた現街道に戻り二俣尾駅のところから再び旧街道の細道に入る。この辺りは現街道、旧街道入り乱れて忙しい。道は谷筋を山のほうに入り、昔の鎌倉街道の一つだという広い道に突き当たって再び現街道に向かう。

途中に青梅線の下をくぐる場所があり、その鉄橋が頭上高く聳えている。密かにこの鉄橋を「青梅の余部」と名付けているが、無論のことその比ではない至ってささやかなものだけれど。

 

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 鉄橋の下にこんもり草むした高さ3mほどの塚がある。(写真ではいささか解りにくい)が、三田氏と北条氏照との戦いがこの地で行われ、戦死者の武具、鎧などを重ねて塚となし「鎧塚」と称す、と説明板にある。ちなみにここの駅名は「軍畑」。

 

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さて、ここから先は青梅街道を離れて、多摩川岸辺の遊歩道を御岳まで溯ろうと思う。川風に吹かれて歩くほうが、きっと心地よいに違いない。土手を降りて岸辺の細い、しかし舗装された道を上流へと向かう。

川に立ちこんで釣りをする孤独な影が立っている。川辺の砂利浜で妙齢の女性3人が流れに向かって石を投げている。とろんと淀んだ淵に青葉が影を映している。ときどき観光客と行違う。

 

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沢井ガーデンに到着。園内はグループの人やカップルの人が大勢憩っていた。ハイカーもいれば単なる観光もいるようだ。皆それぞれに日本酒やらビールやらを手にパラソルの下や丸テーブルに陣取って大変楽しそう。

たまたま屋根付きテラスの川面が見える長テーブルが一個空いていたので、冷水器から紙コップに水を入れてどっかと座り、ぐびぐびと水だけ飲む。酒をたしなんでいる人たちがうらやましいが、この後御岳まで行き蕎麦を食って酒を飲む予定だから我慢。

 

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そのようにして遊歩道を歩き御岳の河原に到着。おりしもラフティングの競技会開催らしく、対岸のテントに若い衆が一人マイクに向かい、さあ~~、今度はどうか、おおうっと通過した、やり直しだ、やり直しだ、さ~~これで順位はどうなる? ・・・などと 古館伊知郎の若いころのような奴がいる。

5,6人を乗せたラフティングが次々に下ってくる、かと思えば、対岸では河原の大岩にへばりつく若者もいる。岩の下にマットレスが敷いてある、さらに河原でタイヤの太さが10㎝はあろうかという自転車に乗っているのがいる。

どうするかと見ていれば、5,60cmのごろた石を前に思案中と見るや否や、がばりと前輪を上げて棒立ちになり、それをごろた石にとんと乗っけてから、今度は後輪を思い切り跳ね上げてごろた石の上に乗っかってしまった。やおらごろた石の上で止まり、次にその下の低い石にとんと降りてしまった。いやはや、なんだかなあ!

 

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さてさて、河原から街道に登って蕎麦屋に行く。行ってみたら目当ての店が臨時休業、なんだかなあ、と途方に暮れるが、確かもう一軒蕎麦屋があったはず、やむを得なければやむを得ない、もう一軒のほうへ行く。

外観は藁ぶきの古民家風、中は長細い廊下に下駄箱、だれもいないから靴を脱いで下駄箱に入れていたら、後ろで突然、いらっしゃいませと言った。振り向くと中学生が口紅を塗ったような少女がぼんやり佇んでいる。

 

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促されて中に入ると12畳ぐらいの座敷が一つだけ。先客が長卓子にそれぞれ3組、小卓子に3組ほどのカップル。いずれも観光客らしい。日本酒、盛蕎麦を所望、口紅少女はこっくり肯いて奥に消えた。

 

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 お銚子来る。あまり旨くはないが雑味が少ないから飲める。ま、安い(450円)のだから贅沢こくのはよそう。蕎麦来る。ちっちゃな笊ひとつ。なんだこの少なさは! ここは名店ぶった気取り屋蕎麦屋か!? 

これはいきなり怒って悪かった、3口ぐらいで終わりのように見えるが、なんのなんの普通の盛一つ分は優にあった。貧乏人だから量が変に少ないと怒り出す傾向がある。許してくれ。味は案外いけた、弾力があってなかなか旨い。

満足して”○○岳”とかいう冷酒を追加、瓶に入って冷えて大きめのグラスと一緒に出てきた。周りを見回したら、向こうの長卓子で禿のおっちゃんが、蕎麦を汁にドボンと浸し、あまつさえその上から押し込め汁の中で2,3度かき回してから口に入れていた。汁は塩辛い、余計なことながら、大丈夫かおっちゃん! 

 

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 だんだんと陶然となってきた。

酒は好きだが強いたちではないから瞬く間に陶然となる。

陶然となって駅に行き陶然となって電車に乗る。

春の宵に陶然となるのは当然か、はたまた陶然となりたがっているのか?

この日の距離はおよそ14㎞(JPS)