doniti 日誌

( おもしろき こともある世を おもしろく)

越後信州駆巡ー十日町の夜ー

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 忘日、八海山の麓の里で遊んでいたら夕方になってしまった。

最初のもくろみでは今日中に出雲崎を経て柏崎へ行く予定であったが、朝の出発が2時間ばかり遅れたとは言え、それはなんぼなんでも無謀というものだった。ここらで潔く観念せずばなるまい。それに多少疲れてもいる。

さて、どこへ行こうかと考える。このままこの谷筋を下って小千谷、長岡方面に出るかとも思ったが、なぜか十日町という街にこころ惹かれる。ウェブで探索した限りでは、うらぶれた寂しげな街のようだ。貧乏旅行にふさわしいなあ、と思う。

 

十日町に向かった。北の低い山を一つ越えるらしい。ほぼ同じルートを「ほくほく線」が走っているが、長大なトンネルを貫いて、線路も何も見えない。緑に覆われた山道を走る。時刻はもう5時ごろだがまだ明るい。

どのあたりをどう走っているのか、運転しているのは自分に間違いないが、ナビゲーション任せだから自分はちっともわからない。これはほんとは由々しきことだと思うが、機械任せ、機械まみれの生活だから機械の奴隷に甘んじている。

 

 6時ごろ十日町に到着し車を降りて街中を歩いてみる。すぐそばにマーケットがあったので朝飯用に果物とサンドイッチを買う。さて、夕暮れが街の中に静かにそしてゆっくりと浸透してくるについては、居酒屋を探さねばならない。スマートフォンで検索しながらそちら方面に向かう。

街中を歩いてみると、やはり零落した寂しさが漂っているのを感じる。人通りも車通りもほとんどない街道の両側に、くすんだ古い家並みがひっそりと佇んでいる。飯山線の線路に突き当たった。線路に沿って歩いてみたがどうも方角が違うようだ。

ナビゲーションの地図を手にしながら道に迷う、という希代な人間、これだから自分の行く先を機械に決めてもらわなければならない。ぐるりと回って元の場所に出、よくよく機械に相談したうえでようやくそれらしき地域に入る。

 

 

 

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 (https://townphoto.net/niigata/tokamachi4.htmlからお借りしたイメージ。一軒目の居酒屋がこの通り

 

そこは町の中心地の一角らしく、雁木(アーケード)の下に古い商店が並んでいるが、どこも閉まっていて薄暗い街灯が侘しくシャッターを照らしていた。中にぽつりと明かりがついている一軒の居酒屋に入る。なんだか洞窟のような中にカウンターだけがあった。入り口脇の中2階のような狭い部屋に若者のグループが一組。

中年の店主が一人、地酒を、というと「松乃井」という酒をコップで出してくれた。店主がアスパラの素揚げがうまいよ、という。それとイカ焼きを頼んだ。そして「お通し」に海藻を練りこんだ細いうどんの上にトロトロ半熟卵が出てきた。

酒は辛くはないが癖のない味でするりと喉を通る。ここの名物は何かと聞くと店主は何もないね、雪だね、という。「海藻を練りこんだ蕎麦やうどんが多いね」「山の中だから腐らない海藻をよく使ったんでしょう」

腹が減っていたのか、ほくほくしたアスパラも、肉厚のイカも、つるつるしたお通しも旨くてすべて食ってしまった。しかし、この洞窟の中で、どこにでもあるこれらを食してもなあ、と思い一杯だけでやめた。これだけ食って1500円。

 

さてまた少し歩き回ったら、裏通りのような場所にグーグルには出てこないお茶漬けの店があった。一瞬我が頭に、和服の上に白い割烹着を着て髪をきりっと纏めた、妙齢を少し過ぎた女性が白木のカウンターの向こうでゆるりとお茶漬けを作る姿が浮かんだ。

ふらりと入ってみれば、白い割烹着の姿はなく近所のおばさんという風情の女性が、うようよ居た。白木のカウンターもなく、料理の出し入れに使うのか短い台の前に、それでも椅子が置いてあり、とりあえずその椅子に座る。

ここでも、地酒をというと松乃井か八海山という。松乃井は今飲んだばかり、八海山を注文、2重になったガラスの徳利に氷を入れその中に冷えた酒が出てきた。初めて飲むが甘口のようだ。何か珍しい漬物でもと思い盛り合わせを頼むが普通の漬物だった。

 

5,6人もうようよいるおばさんの中で、中年の男が一人奥の厨房で料理を作っている。よく見ていると、おばさんたちはそれぞれみな忙しく立ち働き、奥の座敷に宴会があるのか、料理を次々運び込んでいる。その中で少し背が丸くなったお婆さんがここの指揮者であるらしく思われた。

黒板のメニューに「いご」と書いてあるので、これは何だと聞くとそのお婆さんが海藻だというから注文してみた。お婆さんが調理するところを見ると、薄いこんにゃくの板のようなものを切り刻んでいる。海藻を煮とろかして固めたものとのこと。

「いご」はほのかに海藻の香りがする。何に例えたらいいか思いつかないが、旨いとも不味いとも曰く言い難い。八海山が終わったので、辛口をと言ったら、じゃ「鶴齢」をという。塩沢の名酒だとか。今度は小さな徳利に入って出てきた。

鶴齢ã®ã¬ãã¥ã¼ by_ãããã¹ã­ï¼

 

お婆さんにこの街の特産を聞くと「織物だだったがな、今はもう・・・」「小地谷ちぢみ、みたいなものかね」「絹織物だね、昔は盛んだったがね・・・」そのことがこの街を水底に沈んだような印象にしているのだろうか。諸行は無常。

鶴齢は無論初めて飲むが辛さもほどほどすっきりして飲みやすい。今宵日本酒3杯目で少し酔ってきたらしい。女性軍の中で奮闘中の男調理人に「女性の中で男が一人、よくいろいろ指図ができるねえ、えらいもんだ」と言ったら、自分はどこそこの料理人で今夜は奥に団体が入っているのでその応援。この店はこのお婆さんを中心に女の人だけでやっている、とのこと。

カウンターの一つ空けて隣に若い衆が一人ビール一本を前にして影のように座っていた。こちらが婆さんと話していると、唐突に割り込んで何か言う。もうだいぶ出来上がっているのかもしれないが、今しがた引きこもりから這い出したばかりの青年、という印象。このまま飲み続けると、酔って彼と一緒に泥の底へ沈ん行きそうだ。そこでごちそうさまとなった。2400円也。

 

 

表に出てみると初夏だというのに恐ろしく寒い。

侘しい街で侘しく酒を飲むのは大いによろしい。

そうして気分が落ち込んでいく自分を見ている。