doniti 日誌

( おもしろき こともある世を おもしろく)

五日市憲法草案の地

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 忘日、「五日市憲法草案ゆかりの地」を歩いてみようと思った。

 

 明治憲法が制定されるにあたって各地に自由民権の機運が高まり、多摩の五日市にもその運動が存在した。その運動は、五日市の豪農、深澤家の長男権八と、宮城県生まれでたまたま五日市の「勧農学校(小学校)」の先生として滞在していた、千葉卓三郎が中心となり、近郷の青年たちを集めて憲法草案を検討したものだという。

 この憲法草案は、結局日の目を見ることがなかったものの、草案が作成されてから約90年後の1968年、東京経済大学色川大吉らにより、ぼろぼろの土蔵の中のゴミくずを包んだような風呂敷の中から発見されたらしい。

 こうして世の光に出た草案は、現憲法に勝るとも思われる、人権に関する画期的な内容が注目されため、当時の状況が詳しく調査され、今に伝えられている。ちなみにその先取的と見える条文をいくつか抜き出してみる。

・日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可シ 他ヨリ妨害ス可ラス 但国法之ヲ保護ス可シ

・凡ソ日本国民ハ族籍位階ノ別ヲ問ハス法律上ノ前二対シテハ平等ノ権利タル可シは

・凡ソ日本国二在居スル人民ハ内外人ヲ論ゼス其身体生命財産名誉ヲ保固ス 

  しかしこの一方では、強大な天皇大権を規定しており、「国帝ハ、国会ニ議セズ特権ヲ以テ決定シ、外国トノ諸般ノ国約ヲ為ス」とか「国帝ハ特命ヲ以テ既定宣告ノ刑事裁判ヲ破毀シ何レノ裁判庁ニモ之ヲ移シテ覆審セシムルノ権アリ」など、司法の独立を無視した規定も見られ、相互の矛盾も露呈している。

 

 それはともかくとして、どうせ暇なんだから、このゆかりの地を訪ねてみようと思う、というわけで五日市駅到着。最初に行くのは草案が発見された深澤家の土蔵なのだが、なんと駅から北西へ3㎞も谷川を溯った場所、しかし暇なんだから行く。

 

 人家を出離れると右手に三内川のせせらぎが聞こえ、緑の山の谷間を縫って涼しい風が吹いてくる。季節が秋に変わっていくんだなあ、と感じる。斜面をびっしりと埋めるキツネノカミソリ、苔むす石垣、なかなかどうして典雅な道ではないか。

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 ちょうど中間点ぐらいの位置に穴沢天神社の簡素なお堂がある。ここでちょっくら休憩。日ごろぐだぐだ過ごしているのですぐに休憩したがる。山は緑濃く沢音は澄み、月見草らしき黄色が鮮やかで名の知らぬ小さな花もある。

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いよいよ谷筋が狭まって目的地近くまで来たらしい。ぽつりぽつりと現れる民家、その板壁に禿げかけた黄色い看板。時が巻き戻されたような道。道端に咲く鉄砲百合らしきは夏の名残か?

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 目的地到着。小さな沢となった三内川のすぐそばに屋敷の門が残っている。くぐり戸を抜けて数段の石段をあがると案外広い平坦な芝地、ここに深澤家の屋敷があったのだろう。向こうに例の土蔵が見える。

 この土蔵は立て直されている。憲法草案発見当時の写真を見ると、崩れそうな杉皮葺きの屋根、はげ落ちた白壁と出入り口、 90年は土蔵だって無事では済まない。にしても、よくぞどこかに散逸してしまわなかったものだなあ。

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 深澤家の土蔵の訪方を終えた。それがどうした! と言われたってどうせ暇なんだから。ここまではよく車が来るらしく小さな駐車場があり、一角にベンチとテーブルが設えてある。やれやれと休憩。

  ちょっと時間が早けれど握り飯を食った。すると向かい側の「真光院」の庫裡から若い猫が表敬訪問に現れた。よしよし、大儀である。なぁ~ご、と猫なで声で誘ってみると、ちょい目を細めたりするが、3m以内には近寄らず、あらぬ方を眺めて座り込む。

 その後庫裡から3匹の子猫が現れたが、皆きょとんとビックリ顔して見つめ、しばらく遊んだ後、全員庫裡に引き上げていった。たぶんあれだな。「おい、ここにいても旨そうなものは出ないぞ、引き上げようや、けちんぼ」

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来た道を3/4ほど戻って、途中から街中に降りた。市役所出張所向かいの中学校グランドの脇に「五日市憲法の碑」がある。 上記の引用に挙げた条文が刻んである。この街にとって、これは誇りであるに違いない。だから中学校グランドの脇に作ったのだろう。未来を担う中学生たちがグランドを走っている。

 この憲法草案を作成するにあたって、深沢権八、千葉卓三郎らは郷土の青年たちと「勧農学校」において徹底した討論を重ねたという。その組織が「学芸講談会」でありその規約において「万般の学芸上について討論し、政治法律を論議せず」とあるが、しかしやっていることは真逆であり、巧みに官憲の追及をかわしたらしい。

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 さて次は神社とお寺。これは憲法草案と関係ないが、市の「歴史・文化散策モデルコース」に、「行け」と書いてあるので、暇だから行く。まず「阿伎留神社」。延喜式多摩郡8座の筆頭としてあげられる由緒古き神社の由。

  拝殿、本殿の下に立派な神楽殿が再建されているし、神輿を治めるガラス張りの倉庫もあり、無慮多数のお神輿が並んでいた。祀られている祭神にはとんと興味がない罰当たりだけれど、神輿や神楽殿には興味がある。お祭りも盛んだろうな、と思う。

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  いったん秋川の岸辺に降りて対岸の山の中腹にある広徳寺を目指す。川の中には釣り人や幼い子供を連れた家族が入ってじゃぶじゃぶやっている。子供たちよ、夏もすぐ終わる、心残しなく大いに遊び給え。

  小学校3,4年ごろだったかの夏休み、毎日まいにち川に行って遊びほうけていたら、たちまち休みがあと2,3日となった。宿題は自慢じゃないが全くやっていない。それがばれて家族中大騒ぎになった。でも1回先生に怒られりゃあ済むこと、心おきなく遊べよ子供たち。え! 違うか?

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  広徳寺への坂をえっちらおっちら上る。茅葺の総門がすっくと立っている。「穐留禅屈」の大額は松平不昧公の書であるとか。出雲の殿様と如何なる関係ありや? 本堂は堂々たる茅葺の大屋根を備えた落ち着きのある大建築。

 ここでまた木陰の石に座って握り飯を食う。誰もいない境内でつくつく法師が鳴いている。周りを見ると、地べたにひれ伏したような草もあり、石垣の間からひょろひょろ伸びた草もある。いずれも夏だというのに見た目が極めて貧弱。と突然、どれも生きているんだよなあ、という感慨が湧き起った。

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  街へ降りて郷土館に行く。もちろん五日市憲法草案の展示があり、204条の全文が掲げてある。そのほかに萩原タケ関係の展示もあった。この人は日本赤十字社で活躍した看護婦さんらしい。その他泥染めの「黒八丈」など。 日盛りだったので冷房の館内でうろうろする。見学者はちらほら、案外人気なのかも。

 

最後に「勧農学校」跡地に行く。駅近くの路地の奥で分かりづらい。近くいたおばあさんに聞いてたどり着く。現在は「五日市の市神様」が祀られているらしい。昔の勧農学校もこのような造りだっただろうか?

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 さてさて、これでモデルコースご推奨のなにくれを全て見てきた。あとはお決まり、わが身の慰労会、が、しかし居酒屋などはどこもまだ早いか閉まっている。駅前にコーヒー屋あり、やむを得なければ仕方がない。

 聞いてみるとビールの小瓶ならという。これもやむを得なければ仕方がない。店の壁には本や雑誌がぎっしり。店主は物静かで長身の一見芸術家タイプ。本が多いところを見ると元は古本屋さんだった?

 ふと奥多摩林業関係の写真があった。見ていると「関心がおありなら」と店主が雑誌を3冊持ってきた。この土地の古老に昔の林業と筏流しの聞き取りをした雑誌。ビールをグビらしながらだし、疲れてもいるので文字を読む気になれない。掲載の写真だけを見るが、なんだかおもしろい。

 

結局ビール小瓶2本、枝豆8粒、パラパラ雑誌をめくって疲れが取れた。

本日は約15kmほどの歩き。

季節の変わり目のさんぽ、大変面白かったなあ。