忘日、立川での人工紅葉の仇を奥多摩で討べく勇躍乗り込んできたのが九時半ころ。
乗り込んではみたものの、なんだか奥多摩は茶色い。さらに茶色はほんの一部だけで、大部分は杉の緑、しかも青々として元気よく、さあ~て、もう間もなく花粉の季節だゾ、ヒヒヒ死ぬほど散布してみようじゃないか! と待ち構えている気配がする。
駅前の案内板をよく見てみると、北側から流れ込んでいる日原川の岸辺に遊歩道が設けられていて、そこをちょっと歩いてみようと思う。バス乗場の脇から階段を下りて川面に近づく。モミジの隙間から勢いよく流れ下る日原川の白い波頭が見える。
ところが向こう岸へ渡ってみると、こっちの遊歩道は通行禁止になっていた。台風19号のせいだと書いてある。ま、日原川は多摩川に比べれば小さい川だから仕方がないが、これから歩こうと思う多摩川の白丸ダムの遊歩道はこんなことはないだろう。
駅の近くへ戻って多摩川に架かる橋を渡る。谷を見下ろすと、なぜか流れが乳白色に濁っている。はて、2,3日前に豪雨などなかった筈だが、どげんしたと? ちょっと考えてみた。が分からないから打っちゃって置いて先に行く。
青梅街道の対岸の道を多摩川の下流に向かってゆるゆると歩いた。上天気だが風が冷たい、手先が風邪をひく。庭のドウダンツツジが朝日に煌めいて真っ赤な光を反射している。この煌めきをなんとか写し撮りたい、がこの腕とこのカメラじゃな。
してみると、人間の目というものは巧くできているものだなあ! と歩きながら大いに感心する。おそらく高級カメラより、この年寄りの、近眼の、老眼の、乱視の、白内障の、ぶっ壊れた目のほうがよく見えるに違いない。いったい誰が創ったんだろう。
白丸ダムの脇を歩く遊歩道(大多摩トレイル)が始まる海沢集落に入った。いよいよ細い山道にかかるのだが、こりゃあんだんべえ、「通行禁止」の張紙とテープで通せんぼされている。その傍に所在なさげに地元人らしきおっさん二人。
この先歩けませんか? 「そう書いてあるだからだめだんべえ」ーつっけんどんだけれど悪気がないのは笑顔で分かる。「しょっちゅう崩れんだよ」「どこがどうなってんだか知んねえけんど、まあ、人が歩く道じゃねえだ」ーよく考えれば地元の人はこんな道を歩くことがないのだろう。用事があれば、青梅街道を車でぶ~~ だ。
やむを得なければ即ち仕方ないに如かず、10分もかけて、きた道を戻り青梅街道に出、車ぶんぶんの道を歩く。こういう時は右側を歩き、車と正面から対峙する。後ろから来た車に引っ掛けられて、知らん顔されたんじゃ間尺に合わない。
数馬狭橋まで下ってきた。この辺りから多摩川の流れが堰止められて白丸ダム湖になる。橋から見下ろすと、乳白色の水の上に色とりどりのアメンボが1匹2匹3匹、おっと陰に4匹目。女の子らしき姿も見える。若いこというのは羨ましいことだ。
さてここからは対岸の遊歩道を歩・・・ガックシ肩を落として戻った。遊歩道の入り口にさっきのと同じ張り紙とテープが厳然と。やむを得なければ仕方がないもいい加減にしてほしい。しかし、やむを得なければやっぱり仕方がない。また青梅街道を歩く。
奥多摩の山は茶色と緑だけれど、道路脇にはモミジも見える。思うに、モミジは山の中にあるものなのに、里近くでしか見られない。これをして慮ってみれば、人は山からモミジを引っこ抜いてきて里に植え、知らん顔をしているのじゃあるまいか。
さて白丸ダム堰堤まで来た。なにやらダムサイトで大工事中のようだ。工事の人が堰堤まで行けますよという。これはよかった、堰堤を向こう側に渡って、大多摩トレイルの残り僅かを鳩ノ巣渓谷まで行ける。せめてもの遊歩道だ。
今度はあのいやらしい張り紙とテープの通せんぼはない。やれありがたや、細い山道を辿って少し行くとちょっと開けて東屋がある。やれやれという気持ちが沸き上がってきて、ベンチに腰を下ろし握り飯1個の昼飯。向こうの山の景色もなかなかよきもの。
握飯が終わって、さていよいよ、と川っぷちに降りる石段まで来た。・・・呆然として自失した。ぽかんと口を開けて身動きできず。又また、あのにっくき張り紙とテープが階段の途中にぶら下がって通うせんぼしているではないか。恨めしや~かさねヶ淵!
木橋が流失したため、と書いてある。木橋一つぐらいなんだ、という気がする。2度も3度もはぐらかしておいて今更どの面下げて、とまで思った。中央突破を図ってやろうかとさえ考えた。
しかし、と、また考えた。もう若くない、どころかよぼよぼの爺さんになっちまった。体のバランス感覚も若いときのようにいかない、それは自覚している。万が一途中で進むもならず退くもならずの状態になったらどうする。川っぷちに野ざらしの面影も浮かぶ。・・・完敗、本日の目論見すべてパ~、立川の仇討ちは見事に返り討ち。
三たび青梅街道を歩いて鳩ノ巣渓谷。鳩ノ巣小橋に行ってみる。上流の谷を見下ろしたら、魂消るべし! よくよく見ると遊歩道が設えてあった場所より2mほど高い位置の木や草がなぎ倒され、流木が絡み、斜面が崩れてごろた石が散乱し、遊歩道をずたずたに寸断しているように見える。
台風19号では、考えもつかない恐ろしい水量が渦巻いたのだろう。小河内ダムが緊急放流したとは聞かなかったので、最後の最後まで持ちこたえて頑張って、それでもこの水位なのだから、恐らく遊歩道(大多摩トレイル)は何処もかしこもずたずたになってしまったに違いない。
中央突破! なんて騒ぎじゃねえ、とんでもねえこった。たとえ瞬時にしろそう考えたことは、神をも恐れぬ所業と言わねばならぬ。日原川の遊歩道が通行禁止になっていた時点で、このことを思う想像力を大欠きに欠いていた、自分の阿房に魂消るべし。
(つづく)