コロナ感染急増で、またしても引き籠り。 近くをちょいっと散歩するしかない。
が、今度は猛暑が襲う。 とどのつまりは、朝のうちだけ近場を散歩、てか。
なのだが、この散歩がしばしば長時間になってしまい、もはや夏バテ。
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てなわけで、今回も他領へ侵攻。
橋を渡る。朝もやが立ち込める川面に釣り人が、ぽつんと独り。川に突き刺さった一本の杭のごとし。「釣り竿は一方に釣り針を、もう一方の端に馬鹿者をつけた棒である。」 サミュエル・ジョンソン
丘陵の中へ入るが、森は成熟しきって新緑の初々しさは、もはやどこぞへ行ってしうた。頭上に重なる葉が陽を遮ってくれ、頭がひしゃげるほどの暑さから逃れられる。また、木陰は気温が1,2℃低いに違いない。
近所の散歩と言っても、どこでもいいというわけにはまいらぬ。街中をうろうろしてるだけでは面白ろうないよってに、野っ原とか、川の土手とか、林の中とか、コースはほぼ限られてしまう。そうなると八方は無理で、せいぜい四方ぐらいなってしまう。
だから、領域を犯して侵攻する。そうするともう四方ぐらい増えて、合計八方。それでも八回散歩すれば、今度何処へ行ったらよいのか、途方にくれる。・・・うだうだ、るせえなあ、どっちだっていいじゃねえか、とっとと歩け!(怒)
薄暗い森の小道を抜けて、陽が射す明るい場所に出ると、夏草はほしいままに繁茂して猛々しいばかり、まるでガウオ~と雄たけびを上げてるように見える。いつも思うのだが、植物の生長転換点、つまり思うさま延びて、それが止まり、やがて枯れてゆく、その転換の時期は何月ぐらいなのだろうか?
草の中に花がいっぱい咲いている。どれも細い枝に 細かい粒粒がついているので、撮影が難しい。ともすると花にではなく、周りの葉っぱに焦点が合ってしまい、肝心の花がボケボケの大ボケになる。こんな感じ。これじゃあ、なんだか分らんチン。
丘陵の上から多摩川を望む。ううむ、なんだか生々するなあ! わが故郷の多摩川なのだ(ほんとは違うけど)。多摩川の流れは意外ときれいで、高度成長期の泡ぶくぶくの多摩川ではない、すっかり心を入れ替えてまじめになったのだ。
さて、後半戦は丘陵から降りて川っぷち、と言っても谷地地形の中を、か細く流れる小さな川。なのだが向きが東西なので、遮るなのものもない。グワーッと来る陽ざしはもう堪ったもんじゃないけんね! とはいっても、歩かねば始末がつかない。
意外なことに、風がある。下流からそよそよと吹き上げてくるようだ。両側を緑の丘陵に挟まれ、畑や草原も多いのでこの風が案外涼しい。それと、なんといっても水辺だから気化熱が気温を下げるのかもしれない。ま、よう解らんがちょっと涼しい。
空は青く、ほんわり浮かぶ白い雲はこの際頼りない。もっとがっちり重なって陽差しを遮ってくれればと思う。だが、この殺人的暑さももうちょっとでダウンするだろう。明けない梅雨はなく、終わらない夏もない。
にゃんこに出会った。いやに和んでいる。道路の方が少しでも涼しいのだろうか? 春夏秋冬、脱ぐこと不可なる毛皮を着て、な~に考えてんだか、木陰にでも隠れて涼めばいいのに。「にゃ~」と言ったらかすかに「に~」と返事した。
帰宅してみたら、なんとまあ、11時。
これが朝のちょびっと散歩かあ?
距離:19400歩(×0.6=11㎞)・・・やっぱりこれはバカだ!