民俗とくらしにつき教えを受けしこと 1

忘日、「武蔵国の民族とくらし」について教えてあげるよ、というので参加した。

教えてくれるのは、まあ私どもの半分ほどの年齢の先生方4人、一人は農村社会研究、一人はお祭り芸能研究、さらに一人はお墓研究、そして一人は民俗学諸々、の新進気鋭(だと思う)の研究者、それも4人も! 

 

 

f:id:donitia:20190521182428j:plain

 

 

初日、午前中2時間ほど座学、というより今回のテーマの概要と行動予定のレクチャー、次からつぎへと短時間で説明され、難しい内容ではなかったものの年寄りたちはいささか頭が混乱気味、ま、深く考えないで聞き流す、これ得意技。 

初日午後野外へ。午後1時小平駅集合。そこから金魚の何とかよろしくぞろぞろと熊野宮へ。お祭り研究者の説明…

小平熊野宮は江戸時代に開拓された小川新田の総鎮守、初期開発者小川九郎兵衛の出身地狭山丘陵から遷座。神社裏の一本榎は茅野原の武蔵野の目印だったがそこへこの神社を建立した。新田村の精神的支柱としての役割があった。

更に府中大国魂神社の祭礼「くらやみ祭り」からの影響がみられる。

・神輿渡御に際してササラによる道清め

・お先払い太鼓が大型化していった。

・会員だけが神輿渡御に参加できる。

などこの神社も「くらやみ祭り」大きな影響を受けている。

 

 知らんかった。神社同士、競争もあればマネすることもあるんだなあ。

 

f:id:donitia:20190521185158j:plain

 

神社脇の広大な宮司さんの屋敷地に面白いものがあった。お墓研究者の説明…

神道では墓は穢れに通ずるといわれ表立って扱われないが、”神葬祭”形式により葬儀が行われる。このお墓はその形式で作られている。

覗いてみると、宮司家の屋敷内に芝生の広い一角があり、鳥居が立ちその奥に石碑のような碑が数本建っている。部外者には見えにくいしまた表からは入れない。これは初耳、初目、お勉強になりました。

 

f:id:donitia:20190521191325j:plain

 

ここには先日の平成お徒隊でも立ち寄ったけれど、とても先生方のような深い内容を説明する能わず、やはり専門研究者は違う! 座学でも農村研究者から武蔵国について説明されたが、

意味内容が異なる3つの”むさし”がある。

1 地学的概念の武蔵野台地

2 歴史的領域の武蔵国

3 文学的イメージの武蔵野

それぞれ意味するところは相違しており、”むさし”の内容は多様である。 

それぞれに概略的説明があったが、こういう発想もシロートにはむりだなあ、と思う。学問というのはこうゆうものだな、たぶん!

 

 

それから「延命寺」に立ち寄り、墓地をぐるっと巡ってお墓研究者から説明

この寺は野中新田の開拓に伴い入村者の墓が必要とされ、開基された。

一般にお寺の成立形態は次のように区別される。 

1 国の支援により建立(武蔵国分寺など) 

2 布教対象者のために建立(鎌倉の諸寺など) 

3 村を開いた寺(小平の円成院など) 

4 新しい村の開拓で必要とされた寺(ここ延命寺など)

一口にお寺と言っても様々な理由を背景にしてできたのだなあ、と改めて知る。そのあと墓地をぐるっと回ってなにやら説明されたのだけれど、墓石の名前ばかり眺めていてちっとも聞いてなかった、すまんこってす!

 

f:id:donitia:20190521210725j:plain


 

 

最後に「小平ふるさと村」に立ち寄ったけれど、ここではボランティアガイドによる小川村開発の説明、これは先日の平成お徒隊でも同じ話を聞いたので省略。そのようにして初日は終了。面白かったではないか!

 

 

明日は丸一日表を歩く。

と言っても府中駅周辺をぐるりと回るらしい。

のんびり、てくてく・・・楽しからずや。

 

 

 

 

暑さの初夏は

f:id:donitia:20190516113536j:plain

 

 

忘日、今日は平成お徒隊の日、10:00 西武線花小金井駅に16名集合。

ここから小平市を東西に貫く青梅街道をたどり、江戸時代に開かれた小川村、その他武蔵野新田をいささかながら偲んでみようという魂胆、だけれどうまくいくかどうか。われ等がお徒隊も年々歳々参加者減少の折から今日は16名と少し回復、ゆえ成功したい。

 

 

青梅街道は新宿から武蔵野台地とそれに続く山地を甲州まで伸びているのだけれど、まずは江戸時代最初期に青梅の石灰を江戸市中に運ぶために開設された。が武蔵野の茅野原であってみれば水もなく、そのため玉川上水の開通を待つようにして小平市に最初の村、小川村が切り開かれていった。

 

f:id:donitia:20190516115445j:plain

 

 現在の小平市の町名、小川町、大沼町、鈴木町、廻田町などは当時の村の名前がその地域の町の名として残されていて、当時の村の範囲が現在の市域にほぼ一致する。そしてそのほぼ真ん中を東西に青梅街道が貫いているので、今日は東の端から西の端っこまで歩くことにしている。

まずは花小金井駅前から、村山貯水池の水を境浄水場まで送る水道道路の上を歩く。車を通さない遊歩道は若葉が茂り柔らかな風が心地よく、散歩の人走る人の行き来が多い。日影が多いから皆元気だ。

 

f:id:donitia:20190516145754j:plain

 

 

 

青梅街道に突き当たったところに「小平ふるさと村」、小川村開拓当時の復元家屋やら代々続いた名主、小川家の玄関棟やらを展示。ボランティアガイドを依頼してある。くれぐれも開拓当時の話を手短に、と要請してある。

 

f:id:donitia:20190516145912j:plain

 

しかし園内を回っているうちにガイド氏の説明はどうしても長くなる。その気持ちはよくわかる。ガイド氏としては知っていること学んだことをすべて教えたい、その親切心だから、とがめることはできない。一人時間を気にしてイララのラ。 

 

f:id:donitia:20190516150743j:plain

 

 

 つまるところ予定時間を30分以上も超過、大いに焦る。この後は日盛りの青梅街道を陽に炙られながら歩かねばならない。だから早めに昼飯にして、まず皆の胃袋からなだめようとの心積もりも、これでどこかに消し飛んだ。どぎゃんすればよかと!

こちらは少しでも時間を取り戻そうと焦る。焦るから早足になる。夏日の、影もない街道の歩道を早足で歩かれた日にゃあ、たまったものであるわけがない。何の因果でこんな思いをせにゃならんのだ! と言ってるのが聞こえるような気がする。また焦る。

 

 

延命寺というお寺の境内で、開拓当時の飲み水の水路がいまだにちょろちょろと流れているのを見て、熊野神宮に立ち寄り皆疲れて大いに休憩し、小川新田開発当時からの平安宮というお寺でまた休憩し、休憩ばかりしていても暑さは体力をゴンゴン消費していく。早く昼飯にしないと、空腹でヒトはキレる。

ようやく昼飯の場所へ来た。夢庵、ジョナサン、蕎麦屋など飯屋が固まっている一角。さあ、どこへでも行って飯を食ってくれ、と安どの一息。なんだな、こう暑くちゃあ覚悟を決めて、ゆっくりやろう。無事之成功! 休み休みゆっくりと。

 

 

気を取り直して午後出発。午後はもっと暑い、一人たりといえど具合が悪くなってはならぬ。だから日影さえあれば休むこととした。20分も歩かぬうちに駅前の藤棚の下にベンチ、もっけの幸い即大休憩。

 

f:id:donitia:20190516155243j:plain

 

小川村開発当時の何かがあれば立ち寄ることにしているが、何もない区間もある。休める木陰でもあればいいけれど、それもないこともある。そうなればただただひたすら歩くしかない。コンビニでもあれば地獄に仏。

 

 

ようやく小川寺に到着。小川村開拓当時の名主小川氏の開基、裏側に当時からの水路がちょろちょろ流れ、名主の墓、宝篋印塔そんなものをちらりと説明して長い休憩とする。終了時が多少遅くなるけれどやむを得ないではないか、いまは夏だ。

 

f:id:donitia:20190516155824j:plain

 

 皆おもいおもいの場所に陣取ってよもやま話。こういう時間が一番楽しいかもしれない。暑い日に歩き回って昔の話なんぞ聞いても屁のようなもの、かもしれない。その楽しかるべきひと時を作るために、ま歩くようなものだけど。

 

f:id:donitia:20190516160349j:plain f:id:donitia:20190516160431j:plain

 

 

向かい側にある神明院に行く。これも開拓当時の小川氏の勧請による社。昔は1村に1寺1社が必須だったのかもしれない。現在と人そのものは変わらずと言えど信仰心の面では大いに違うのか、それとも信仰心のないのは自分だけなのかわからない。ここできちんと礼拝する人も多かった。

この先、青梅街道と別れ、開拓当時から生きてきた樹齢300年の大ケヤキを見、玉川上水から飲み水をを引いた分水路をたどり、玉川上水の土手道を歩く。日盛りは少し過ぎたとはいえ、緑濃い木陰の道はそよらと風もあり別世界のごとき。

 

f:id:donitia:20190516161435j:plain

 

 

終点、玉川上水駅到着、5時少し前。

歩行距離約12㎞。ともあれ!

皆無事、これが一番。

 

 

f:id:donitia:20190516161705j:plain

 

 

例により希望者は中華屋さんで一杯。

ビールに酔い紹興酒に酔ってわいわいがやがや、とりとめなし。

 

 

街道にて候

f:id:donitia:20190508154722j:plain

 

 

忘日、6月にお徒隊で行く予定の五日市街道を下見。Ⅰ氏の案内。

5月にしては吹く風が冷たいが、街中を歩くにあに支障あるべき、ということで地下鉄東高円寺駅にてⅠ氏と落ち合う。駅前にある「蚕糸の森公園」なる清潔できれいな公園を瞥見ののち妙法寺というお寺に行く。

本来なら五日市街道は杉並区馬橋で青梅街道から分岐しているのだから、出発点としては新高円寺駅が一番近いのだが、ま、出がけの駄賃で妙法寺などもちょっと見とくか? となった次第。街道をひたすら歩くだけじゃなんだからな。

 

 

 

f:id:donitia:20190508160315j:plain

 

妙法寺日蓮宗の大きな寺。国や都の重要文化財になっている山門、祖師堂、本堂、日朝堂などを見て歩く。Ⅰ氏が、どういうわけか知らないがここに有吉佐和子の記念碑があるんだよな、という。なるほど説明板も何もないから解らない。

妙法寺がら妙法寺川どいう湧水流れでらんじゃながんべが? 」「ありゃ妙正寺じゃろうが、そねーなん聞いたことがねえ」「そうだったが! オラあでっきりこごだど思っていただ」「歳は取りとうねえもんだなあ!」

 

 

こと改めて新高円寺駅に行く。青梅街道は車がぶんぶん。ここらあたりが「馬橋のおんだし」と言われた五日市街道の分岐点なのだそうだ。道路標識に「五日市街道→」とある。狭い商店街を抜けて西に向かう。

善福寺川の岸辺に降りて行く。「江戸時代はこの下り道が七曲りの難所言われた場所じゃった」「何の変哲もねがな」「きちんと整備された今と比べちゃおえん」「どろんこ道ば木材や炭ば積んだ荷車通るにはやっぱり大変が」

善福寺川緑地公園の東屋で持参の昼めし。風が寒い。陽は射さない。Ⅰ氏はコンビニおにぎりを旨くもなさそうな顔で食っている。こちらはコンビニおにぎりをさてもさても旨そうに食う。

 

 

f:id:donitia:20190508170853j:plain

 

善福寺川を後に環八を越えていくと、道脇に甲申塔の小さなお堂がある。Ⅰ氏が手慣れた手つきで扉をぎい~と開ける。二体の石造物。大きいほうの像はまるで最近作ったようにきれい、昔からこのように屋根の下に保護されていたのだろう。

先へ行って慈宏寺というお寺で休憩。ベンチにへたり込んで飴玉をしゃぶる。「ばってなんだな、仏教どいうものは一般的な宗教ど言えるんだびょんか?」「一神教たぁ少し違うかもな。あっちの神は人が作ったものだが、お釈迦様は実在した人物じゃけぇ。」

「お釈迦様は神さ救いば求めるんじゃなぐで自分で修行すて解脱せよ、て喋ったんじゃねびょんか?」「誰もがお釈迦様になれるわけじゃねえ。もしお釈迦様を神じゃと仮定するならば、ま、どの宗教も同じゅうなものじゃねえか。」

 

 

f:id:donitia:20190508174456j:plain

 

そこからとぼとぼと街道を歩いて中央線を潜り吉祥寺駅が近づいてきた。駅の北側にある「武蔵野八幡宮」に立ち寄る。カラフルできらきらする。もうゴールしたも同然、弱い雨も落ちてきて、ゆえにゆったりと休む。

「わーね、天皇は象徴であるっていう象徴がなすても解らねでね」「具体的に何じゃ言われるとな、難しいわな」「そったごども分がねで日本人でいのだびょんか」「そりゃおめぇが心配することじゃのうて、天皇陛下が心配すりゃええのじゃねえか?」「平成様はそれば一途さ探すてごられだんだびょんなあ」「う~ん、大変な人生じゃなぁえ」

 

 

街道沿いにはお寺や神社がいっぱいある。

今の日本人と昔の日本人と

あまり変わらないかもしれない。

 

 

 

比企丘陵の風

f:id:donitia:20190504163017j:plain

 

忘日、天気はいいし、暇だし、生越に行く。

いつもどこへ行こうかと思案する。できれば歩いたことがない面白いところがいい。と思うが、地図をぼんやり眺めてもちっとも分からない。また、面白くても人が多いところはご免こうむりたい。

そんなわけでちっとも決まらない。つまるところ昔歩いて面白かったところが頭に浮かび、そうしてつまり同じ場所を歩いてしまう。今回もそういうわけだ。なんだかなあ~とつくづく思う。

 

 

八高線、生越の駅前と街中はどんどん寂れていくような気がする。そうして店が閉まったり無くなったりして、以前は目立たなかった古い建物が逆に目に映る。そういう建物の数は少ないけれど、しかし昔の建物は風情がある(ように思う)。

おりしも駅から同じ方向へ歩く女性の3人連れ、おばさんと娘さんとの中間ぐらいの、観光客のようだがいったいどこへ行くのだ? 町役場の前を通り過ぎても同じほうへいく。だが考えてみれば、不思議に思うのはこちらが迂闊というもの。五大尊の躑躅山へ行くらしい。そういえば躑躅が今満開だろう。

 

f:id:donitia:20190504164855j:plain f:id:donitia:20190504164953j:plain

 (蔵造で3階建、市指定文化財

 

 

躑躅山には観光客が押し寄せていた。山の斜面を絢爛と躑躅が埋めている。で連休中でもあるから入場料をかすめ取る(300円)。斜面の躑躅の花影の道におばさんプラスおばさん、そして少しのおっさん達。大部分が近郷近在から集まって来たらしい人たちが坂道をシンドそうに上ったり下ったり。

開け放たれた五大尊のお堂の中でお坊さんがむにゃむにゃ、地元の人らしいおっさんが4,5人神妙に居座る。それを遠巻きにしてぼんやり眺めている観光客。地元の由緒あるお祭りもこの際一緒にやっちまえ、というところだろうか。

麓では祭りのダシ車が半分引き出され、お囃子を奏でていた。お決まりの露天商や食べ物屋の屋台などはほとんどなく、まあ、静かで清々しいお祭り。ちなみにここの躑躅は江戸時代に植えられたのが始まりで、中には樹齢300年というのもある由。

 

f:id:donitia:20190504170333j:plain


f:id:donitia:20190504170221j:plain

 

f:id:donitia:20190504173453j:plain f:id:donitia:20190504173551j:plain

 

 

そのあと生越梅林へ向う山のほうに入る。田んぼに囲まれた山裾に、昔からある1軒のパン屋さん。最初のころはこんな田んぼの中で続くのか? と思った。いまだ健在、よく頑張っている。おりしも自転車の一団が入っていった。

このパン屋さんは自転車の人たちに有名だそうだ。ネットの口コミで、旨いという噂が広がったのだろう。それを見通せず”大丈夫か? ”などと思ったのは先見の明がない、謝る! 近所の人たちも買っていくそうだから事実旨いに違いない。

 

f:id:donitia:20190504172429j:plain

 

 

近くの山の瑞々しい新緑が美しく、立ち止まっては眺める。しかしこの初々しさも今の時期だけ、ふと気が付けば葉っぱは黒みを帯びてふてぶてしく、またふと気づけば無残に茶色。時の経過は容赦ない。

 

f:id:donitia:20190504173307j:plain f:id:donitia:20190504173341j:plain

 

 

梅林へ行くと見せかけてひょいっと反対側の山の細道へ入る。細道だから時たま車、多くは自転車。この辺りは自転車の人たちにとってのメッカなのかな? 道は緩やかな上り。そもそも八高線の沿線は山地が平野に変わる 間境の地、丘陵の低い鞍部を越えて里、また丘陵を越えては里、の繰り返し。

道の傍らに「柳沢馬頭尊」の看板。三面二臂の憤怒像だけれどどこか優しげな面持ち。それにしても銅で作った仏かと見まごうほど崩れ朽ちかけた印象は全くなくきれいだ。天保11年の記年、約180年前の像。

 

f:id:donitia:20190504195441j:plain

 

 

両側の山が迫ってきて、麗らかに陽が照る中に民家がぽつりぽつり。お地蔵さんが春風に吹かれている。道端の草や花に目が行く。なんだか不思議なことにギシギシ(か?)の葉っぱだけが茶色く枯れている。よくよく見たら葉っぱに1cmぐらいの黒いイモムシがわらわら、葉っぱを食い殺した?。近くに無数のテントウムシ、この関連は埒外

 

f:id:donitia:20190504182351j:plain

 

 f:id:donitia:20190504182438j:plain

 

f:id:donitia:20190504182620j:plain f:id:donitia:20190504182700j:plain

 

 

長閑な山里の長閑な草っぱらに座って昼飯、例により例の如く。青い山、緑の草原、陽は麗らか、下の水たまりから蛙がケロケッケ、懐かしさが胸をよぎる。しょうもないことを考えながら昼飯。

しょうもない考え。長閑とは:空気が昔を思い出させるー子供だった長閑な時代にふと吹いてきた柔らかい風、その風が今また吹いてきて長閑だった子供時代の記憶を呼び覚ます。つまり皮膚からの感覚入力。懐しいとは:景色や音が以前の時を思い出させるー昔見た光景や聞いた音が記憶を呼びさましてある感慨を引き起こす。つまり視覚と聴覚からの入力。・・・長閑と懐かしでは両者の入力器官が違う--かな?

 

 

なだらかな鞍部を越えてこのまま行けば車ブンブンの街道、で、また脇道へ逸れる。さっきより傾斜のきつい上り坂の途中に「ときがわ町温泉スタンド」。なんじゃこりゃ!? ときがわ温泉をここへ持ってきて給湯(?)できるらしい。20ℓで100円。よほどの効用があるのだろうか!?

 

f:id:donitia:20190504200330j:plain

 

 

鞍部を越えて下り坂。道から奥まったところに「ほ」という名の蕎麦屋、昔の農家の構えが見える。立ち寄りたいけれど今日の終点、小川町の蕎麦屋で一杯を予定している。それを唯一の楽しみとして歩くべし歩くべし。 

 坂を下りきって街道に突き当たる。左手少し行ったところに三波渓谷。行ってみる。来てはみたけれど変哲もない都幾川の流れ。名称は群馬鬼石の三波石に似た石を産する故とか。小学生ぐらいの男の子と女の子、二人とも上半身裸。泳いだの?、うん、寒いよ! だろうなあ、まだ5月だぞ!

 

f:id:donitia:20190504202218j:plain f:id:donitia:20190504202302j:plain

 

 

都幾川に架かる小さな橋を渡る。ここは川辺のキャンプ場、子供たちが流れでじゃぶじゃぶ、奥には絶対びーびーきゅう施設があるな、ぜったい! 近くには日帰り温泉の「都幾川四季彩館」がある。

坂を上って静かな山里。昼下がりの陽光の中で眠っているような家々と畑と緑の山。緩やかにカーブしながら続く細い道。時折吹く風でかすかに騒ぐ葉連れの音。

 

f:id:donitia:20190505112824j:plain f:id:donitia:20190505112908j:plain


 

車の多い街道に突き当たる。途端に疲れを覚える。俯いて丘陵の鞍部を上って下ってまた別の街道、ここもまた緩やかな上り道が続く。こういう街道を歩く要諦は、脇道に入るべし。丘陵の鞍部に差し掛かる前と越えた後には、たいてい小さな集落があって、そこに細道が通じていてまた街道に戻る、というパターンが多い。

そういう細道に入ってみたら、八高線の線路。線路わきの田んぼでは田植えの準備で草を刈る人。しかしどこでも草ぼうぼうの休耕田が多いなあ。しばらく線路際を歩いて集落が切れ、また街道に戻る。ここからは切通しの鞍部だから 脇道はない。

 

f:id:donitia:20190505114933j:plain


 

忍の一字、我慢の歩きで鞍部の歩道を越えていく。疲れが足に来てとぼとぼと、全く爺様歩きの情けない姿、歳は取りたくねえ! 頂上を越え「小川町」の標識。下っていくとまた脇の集落に続く細道。入る。眺めがいい。

 

f:id:donitia:20190505152747j:plain

 

 

街道の歩道の味気無さ、集落の細道の得も言われぬ案配、そこの民家のしっとりと落ち着いた佇まい、よく手入れされた畑や土手、裏山の緑、遠くかすむ空。細道に入ると足は元気を取り戻し街道に出ると途端に反旗を翻して爺様歩き。

しかしそういう元気の出る道も長続きはせず、また街道に合流。両側の山が次第に遠のき前方が開けてきて小川の街並みに入る。街の中も特段面白いわけではないので、もうまっすぐ駅に向かう。槻川を渡り国道を越え、ただただ蕎麦屋で一杯を楽しみに思い浮かべて、よたよたとぼとぼ。 

 

 

着いた! 上州めん本舗、到着!! さあさあ、蕎麦を啜って一杯飲んで疲れたこの体を労わってやらねばならない、と扉に手をかけたが開かない。ふと上を見たら張り紙「本日の営業は終了いたしました。麺がなくなり次第終了」・・・ぎっちょん!!!!

 さてどうしたらよかと!? グーグルマップでは他に蕎麦屋表示されず。う~~む、食えないとなったら余計食いたい。生越まで行って途中下車して「よしひろ」に行くか?しかしあそこは駅から少し離れているし、行ってみて「本日終了」なんて言われたらそれこそ、その場にへたり込んで動けなくなりそうだ。

それでも念のためと、駅前の店で聞くと蕎麦屋は他に2軒あるという。すぐそこは、そうだ今日は定休日だ、それじゃ銀行の手前にもう1軒、行ってみな、ということで探し当てた。扉を開けたら顔の長いおっさんが出てきて「今日はもうおしまい!」

 

 

もういいや! そんなにみんなで寄ってたかって邪険にするなら小川町の蕎麦なんて食ってやらない。駅前の一杯飲み屋「太田ホルモン」に入る。今日は予約でいっぱい、カウンターならと。どこだってもういい。店は小汚いがお客が次々。大繁盛の店らしいゾ。あれだな、きっとネットだな、若え衆が寄ってたかって評判にしてんだな。

スタッフは家族らしい。でっぷりした白髪親父が中華炒めを次々作る、奥さんらしいおばんが注文を受け、姉妹らしいおばさんとお姉さんと高校生の女の子とが料理を運ぶ。おばさんの亭主らしい中年がひたすらモツを切り刻む。高校生アルバイトらしいのが3人モツを焼く。

モツ焼き3本、ビール。ゆるく溶いた辛子味噌ダレがコップ一杯。モツ旨し! 普通の生ビールじゃなんだか腰がない、黒生をお代わり。隣のホルモン焼きの皿がじつに旨そうだ。もう少し食いたいし飲みたいが今晩は晩飯を食うことになっている。我慢!

 

f:id:donitia:20190505162924j:plain

 

 

飲み代1500円を置いて 駅へ行く。今度の八高線は約1時間待ち、がび~~ん! 八高線はだんだんサービスが悪くなってきた。本数が少なくなり(1時間に1本)、やたら駅で長時間停車するし、スピードは死ぬほど遅いし、だからサービスをとことん落として客離れを起こし、とどのつまりは廃線にしようとしている、と勘繰りたくなる。

 

f:id:donitia:20190505164425j:plain

 

 

 それはともかく、線路の向こうに陽が沈んでいく。西の空が最後の燦爛を放射する。忘れたころにようやく電車が来た。もそもそとゆっくり動き出した。窓が黄色を帯びた赤胴色に輝く。その色がゆっくりゆっくりと退潮していって、家の明かりが灯ってきた。

 

本日はよく歩いて17㎞ほどか?

 

 

 

緑陰長閑

f:id:donitia:20190430111809j:plain

 

 

忘日、急に思い立って名栗村へ行く。

このあと数日雨予報なので、曇り空だが今日は貴重。てなわけで車で青梅の山奥に分け入って概ね1時間、名栗村到着。名栗川(入間川上流)の両脇に開けた狭い段丘の村。途中、青梅成木のミツバツツジは散り終わっていて残念。

名栗村に何がある? と言えば、個人が作ったという鳥居観音、山肌にもろもろの建物やら仏像やら観音様やらが点在する。それから小さなダム一つ、温泉らしい施設が二か所、あとはなぁ~~んもない。

 

 

鳥居観音の駐車場に車をぶち込んでその前にあるキャンプ場に降りてみる。河原を利用した小さなキャンプ場は家族連れでほぼ満杯、子供たちの歓声が響く。川のごろた石に座って握り飯を1個食った。出てくるのが遅かったのでもう昼の時刻。向こう岸の若葉に見惚れる。

キャンプする人で村の河原のあちらこちらが賑わっている。テントを張って、子供たちが魚を追いかけ水に入りともかく飛び跳ね、脇で親はお決まりのびーびーきゅーにいそしむどこでもの光景。何ゆえ日本中がびーびーきゅーなるや不可解。河原で牛肉たっぷしの芋煮会など、どうであろうか?

 

f:id:donitia:20190430182126j:plain f:id:donitia:20190430183019j:plain

 

 

河原はともかく、村の中は至って静か。ぽくりぽくり歩くがほとんど人に出会わない。この村には(現在は飯能市に合併)15年前ごろからよく遊びに来ていたが、そのころとあまり変わらない。ただ昔ながらのこぼちそうな商店や民家は 次第になくなり、そのかわり目障りなるカフェなるものが増えたように思う。

都会の人が遊びに来ると都会をそのまま運んで来ようとする、それがいかんのじゃないかと思う。おしゃれなカフェに行きたければ、表参道なのか代官山なのか知らないが、そっちへ行けばいい。そんなのは都会に腐るほどある。

素朴な村の光景よ! 変わってくれるな! と言いたいのだけれど、しかし一方ではこの村に住む人たちは素朴な村の光景がとても気に入ってるのかどうか、そこは考えどころだ。ここの若い人たちだっておしゃれなカフェやレストランが欲しい、のかも。

 

 

f:id:donitia:20190430190640j:plain

 f:id:donitia:20190430190712j:plain

 

 

 ぐるっと回って秩父に通ずる街道に出た。こちらはこの時期、車ぶんぶんバイクばりばり自転車しゃーしゃー、しかし道を歩く人影はない。車の音は聞こえないふりをしながら歩けば、目に入る光景は至って長閑、若い緑がことのほか美しい。

風は大昔からなんら変わることなく吹く、陽の影もなんら変わることはない、山の緑も変わらない、変わるのは人と人が作ったものだけ。これがありがたい。人が作らなかったものを見、人の言葉を受け流せば悠久はすぐそこに見えるかもしれないなあ。

 

f:id:donitia:20190430194922j:plain

 f:id:donitia:20190430195023j:plain

 

 

蕎麦屋があった。蕎麦屋と聞いては黙っているわけにいかないのではないか。川っ縁の変哲もないしもた屋風だが、人が入っていく。もしかしたらと思い入る。玄関の左手に座敷、右手に台所らしい構え、座敷に先客が5,6人。

入っても誰もいない、構わず座敷にドカンと腰を下ろす。待つ、誰も現れない、業を煮やして台所を覗くとひょろりとしたおっさんが長い顔を出した。「蕎麦!」と言う、先客を見回してどちらがお先で? と先に入った二人連れを優先。ごもっとも!

しばし待って蕎麦来る、青みがかった蕎麦が皿の簀子の上に載っている。啜る、旨い。盛蕎麦800円はちと高いなと思ったけれど、これなら許せるか。ず、ずずず~~と音を立てて啜る。周りは水を打ったように静か!?

蕎麦を無音で食うというのは信じられないが、きょうびはだれも音を立てない、自分だけだから恥ずかしい気もするが、な~~にこちとら日本人だい! と思う。しかもここは日本でもある。誰はばかることあろう、というのは時代遅れか?

 

f:id:donitia:20190430200728j:plain

 

店の名前は「小物庵」とある。なるほど店主の腰は低かった(関係ないか?)。土日祝しか営業していないらしい。蕎麦の後にコーヒーが出た。少しぬるかったが旨かった。800円、むべなるかな。もしかして店主は脱サラ蕎麦屋かも、などと考た。

 

 

ぶらぶらと歩くのは至って気分のいいものだ。どこへ行こうがどこまで行こうが用事も目的もない。ただ今日中に帰宅すればいいだけだが、それだって別にどうしてもということではない。車の中に寝てもいいし、宿を見つけてもいい。タコの切れた糸!。

 

f:id:donitia:20190430201758j:plain

f:id:donitia:20190430201841j:plain

 

ふらふら歩きまわって3時半ごろ、くたびれたのでそろそろ帰ろうかと思う。この村は川に沿って上流へ行ったり下流に戻ったりするしか手はない。両側が山だから行きようがない。下流の名栗川橋を渡る。

橋の上でお婆さんが腰を伸ばして流れを眺めていた。この橋は大正13年に作られた鉄筋コンクリートのアーチ橋で、埼玉県内最古、県の有形文化財である由。そう聞けばなにやら姿かたちも美しく見える、わな。

 

f:id:donitia:20190430204343j:plain

 

 

また元の道に戻って上流の車まで帰るとする。

帰り道はいつもながらつまらない。

なるべく細いわき道に入って、自らを慰める。

 

(道端の小さき者たち)

 

f:id:donitia:20190430204933j:plain f:id:donitia:20190430205020j:plain

 

f:id:donitia:20190430204836j:plain

 

 

 

 

いちだんらく

f:id:donitia:20190425101857j:plain

 

 

次々と花が咲き散り、また咲いて散ってここで一段落したように思う。

毎年のことながら、この間はなにやらふわふわし、急がされているようで落ち着かず、しまいにはなんだか憂鬱な気分になってしまう。こころはあと何回? と残りを思っているのかなあ。

  

f:id:donitia:20190425103143j:plain  f:id:donitia:20190425103349j:plain

かといって花を求めて人込みへ出かける気はさらさらしない。ただぼうお~~っと右や左を通り過ぎていく花をなんとなく眺めているだけだ。ぼんやり眺めているだけだから、より一層追い立てられるように思うのかもしれない。

 

f:id:donitia:20190425104034j:plain f:id:donitia:20190425104100j:plain

 

f:id:donitia:20190425104206j:plain f:id:donitia:20190425104235j:plain

 

花にしてみれば、なに、成長の一過程ですよ、気にしなさんな、というかもしれないがなかなかそう達観はできそうもない。いろいろな雑念がつぎつぎと湧き出し溢れ、それにすっかり疲れてしまうらしい。

 

f:id:donitia:20190425104819j:plain

 

どうもヒトは、モノだけを見て、つまりモノの理屈だけによって体を支えていることができないのではないのだろうか? その乾いたモノの理屈のほかに、とらえどころがないような抽象的観念、概念をも必要としているのではあるまいか?

だから、物理的宇宙観だけでなく、観念的、宗教的な宇宙観をも併せて必要としているように思える。だとするなら、観念的、宗教的な宇宙観を頭ごなしに馬鹿にすることはできない。どうもそれがないと干からびてしまうような気がする。

 

・・・思うに、花とこの結論はどう関係するか??・・・どう見ても関係ねえなあ!

 

(スタイルを変えたので試し書きのために)

 

 

 

 

目に若葉(2)

f:id:donitia:20190423092547j:plain

 

青梅駅から旧青梅街道を西へ歩き始めて、多摩川河畔の「日向和田臨川庭園」にいる。

現在の青梅街道からだいぶ離れた川沿いの細道に入り、周りは若葉々々の洪水、その中でこの日本式庭園も刈り込まれた躑躅、赤い紅葉の若葉、いくつかの喬木に緑が溢れている。持参の握り飯を1個かじって鶯の下手鳴きに耳を澄ます。

青梅の宿場を外れたこの辺りまで来ると、車が行きかう現在の青梅街道につかず離れずしながら旧街道の細道が続く。車はめったに走ってこないし、住人が長閑に畑を耕したり歩いたりしていて、のんびりした気分になれる。ぼおうお~~とした気分で歩いてもよいのだ。

 

 

臨川庭園を出て川沿いの細道を上り下りしつつ現街道に突き当たり、向かい側の細道に入る。この旧街道は山側を、現街道に並行しながら続いている。民家の庭の桃やミツバツツジの花が目を楽しませてくれる。

 

f:id:donitia:20190423100116j:plain

 

 

 日向和田駅の近くで旧街道の細道が途切れ、嫌でも現街道に出なければならない。嫌だけど出た。出たところに川向こうの吉野梅郷に渡る橋があり、昔は萬年橋という年中渡れる橋であったとか、説明板が立っている。

傍に”へそ饅頭”の店があり、やはり昔、萬年屋という茶店のがあった場所ということだけれど、この饅頭屋はその末裔ではないか? 店主に聞くと饅頭屋は昭和27年から、それ以前のことは知らね! と答えた。

 

 

 しばらくは現街道の歩道を歩くしか手がない。そして石神前駅を過ぎたところでまた山側に旧街道の細道が続く。この道は別名、海禅寺通りというらしい。先のほうに海禅寺という都指旧跡であるお寺がある。

 

f:id:donitia:20190423104012j:plain


前方の 脇道からひょいと小ちゃくって愛らしい婆さんが出てきた。

赤い毛糸のベレー帽を頭に乗せた顔を振り向けて、「ハイキングかね、山道歩けばいいに」というから「歳取って山道はきつい、ズルして平地を歩いている」というと「あに歳だって、わたしゃ昭和16年だよ、頭だってほらこんなに」と言って帽子をとる。短く切った白髪頭が現れた。こっちも帽子をとって「おまけにこっちは禿げている」。

ベレーの婆さんと並んで話しながら歩く。婆さんは話し始めると、とめどなくなった。急ぐ旅にあらざれば付き合うことに腹を決める。曰く、武蔵村山の生まれだが秋田の男と一緒になった、というのは姉の家に遊びに行ったらそこにいた、お見合いだった。

曰く、ところがこの男が大当たり、もう何年間も朝飯を作ってくれるわ、優しいわ、酒も煙草もピタリと止めるわ、私しにゃ出来過ぎじゃった。秋田の庄屋の12男坊、実家が農地解放で土地を取られて、しかし元の小作農を大事にして地元の名士で県会議員の家柄じゃ。後になってトラック2台分も掛軸など燃やしてしもうたが、今考えると惜しいことをした。

曰く、私しゃこういう性格だから、親戚の面倒も甥っ子の面倒もずいぶん見た、誰だってお客扱いしないから、みんな気楽にこっちに立ち寄ってくれる。子供は二人、長男は今でも時々様子を見に来るし、長女は外国にも勤務し今横浜でばりばりやっている。もう今が一番いいとき、なにも言うことないわ。

ゆるゆると一方的に話を聞きながら海禅寺まで来たので、立ち寄るからと言ってベレーの婆さんと別れた。婆さんは「よくお参りしなされ、気いつけてな」と手を振って線路の向こう側に消えていった。亭主が大当たり、かぁ~!。

 

 

海禅寺の急な石段を登って境内に入る。緑がむせ返るようなそこここに、さまざまな色のシャクナゲが咲いていて、その間を縫って爽やかな風が吹き抜けていく。そこいらに幾枚か都指定旧跡の説明板が立っている。豪族三田氏が厚く保護した禅宗寺院。

 

f:id:donitia:20190423125743j:plain

 

 説明板によればこの寺域一帯が都の旧跡であり、境内の斜面にある宝篋印塔はこの地の豪族三田氏(一説には平将門の末裔とも)の供養塔ではないかと言われている。三田氏はこの地のほか入間、高麗群まで広く支配したが、最後はこの上の尾根にある辛垣城を北条氏照に攻め滅ぼされ滅亡したという。

 

f:id:donitia:20190423130251j:plain f:id:donitia:20190423130337j:plain

 

 お昼に食い残した握飯の1個を食い、煙草をふかし、ゆるりと切株に座って様々な色合いのシャクナゲを眺め、春の午後のここちよい風に身を任せて大休憩する。何年か前、同じルートを歩いてここまで辿り着き、熱中症になりかけたことなども思い出した。

 

 

 海禅寺を出てまた現街道に戻り二俣尾駅のところから再び旧街道の細道に入る。この辺りは現街道、旧街道入り乱れて忙しい。道は谷筋を山のほうに入り、昔の鎌倉街道の一つだという広い道に突き当たって再び現街道に向かう。

途中に青梅線の下をくぐる場所があり、その鉄橋が頭上高く聳えている。密かにこの鉄橋を「青梅の余部」と名付けているが、無論のことその比ではない至ってささやかなものだけれど。

 

f:id:donitia:20190423132601j:plain

 

 鉄橋の下にこんもり草むした高さ3mほどの塚がある。(写真ではいささか解りにくい)が、三田氏と北条氏照との戦いがこの地で行われ、戦死者の武具、鎧などを重ねて塚となし「鎧塚」と称す、と説明板にある。ちなみにここの駅名は「軍畑」。

 

f:id:donitia:20190423133123j:plain


 

 

さて、ここから先は青梅街道を離れて、多摩川岸辺の遊歩道を御岳まで溯ろうと思う。川風に吹かれて歩くほうが、きっと心地よいに違いない。土手を降りて岸辺の細い、しかし舗装された道を上流へと向かう。

川に立ちこんで釣りをする孤独な影が立っている。川辺の砂利浜で妙齢の女性3人が流れに向かって石を投げている。とろんと淀んだ淵に青葉が影を映している。ときどき観光客と行違う。

 

f:id:donitia:20190423134337j:plain f:id:donitia:20190423134553j:plain

f:id:donitia:20190423134700j:plain f:id:donitia:20190423134742j:plain



 

沢井ガーデンに到着。園内はグループの人やカップルの人が大勢憩っていた。ハイカーもいれば単なる観光もいるようだ。皆それぞれに日本酒やらビールやらを手にパラソルの下や丸テーブルに陣取って大変楽しそう。

たまたま屋根付きテラスの川面が見える長テーブルが一個空いていたので、冷水器から紙コップに水を入れてどっかと座り、ぐびぐびと水だけ飲む。酒をたしなんでいる人たちがうらやましいが、この後御岳まで行き蕎麦を食って酒を飲む予定だから我慢。

 

f:id:donitia:20190423142023j:plain

 

そのようにして遊歩道を歩き御岳の河原に到着。おりしもラフティングの競技会開催らしく、対岸のテントに若い衆が一人マイクに向かい、さあ~~、今度はどうか、おおうっと通過した、やり直しだ、やり直しだ、さ~~これで順位はどうなる? ・・・などと 古館伊知郎の若いころのような奴がいる。

5,6人を乗せたラフティングが次々に下ってくる、かと思えば、対岸では河原の大岩にへばりつく若者もいる。岩の下にマットレスが敷いてある、さらに河原でタイヤの太さが10㎝はあろうかという自転車に乗っているのがいる。

どうするかと見ていれば、5,60cmのごろた石を前に思案中と見るや否や、がばりと前輪を上げて棒立ちになり、それをごろた石にとんと乗っけてから、今度は後輪を思い切り跳ね上げてごろた石の上に乗っかってしまった。やおらごろた石の上で止まり、次にその下の低い石にとんと降りてしまった。いやはや、なんだかなあ!

 

f:id:donitia:20190423142140j:plain

 

 

さてさて、河原から街道に登って蕎麦屋に行く。行ってみたら目当ての店が臨時休業、なんだかなあ、と途方に暮れるが、確かもう一軒蕎麦屋があったはず、やむを得なければやむを得ない、もう一軒のほうへ行く。

外観は藁ぶきの古民家風、中は長細い廊下に下駄箱、だれもいないから靴を脱いで下駄箱に入れていたら、後ろで突然、いらっしゃいませと言った。振り向くと中学生が口紅を塗ったような少女がぼんやり佇んでいる。

 

f:id:donitia:20190423143530j:plain

 

促されて中に入ると12畳ぐらいの座敷が一つだけ。先客が長卓子にそれぞれ3組、小卓子に3組ほどのカップル。いずれも観光客らしい。日本酒、盛蕎麦を所望、口紅少女はこっくり肯いて奥に消えた。

 

f:id:donitia:20190423143638j:plain

 

 お銚子来る。あまり旨くはないが雑味が少ないから飲める。ま、安い(450円)のだから贅沢こくのはよそう。蕎麦来る。ちっちゃな笊ひとつ。なんだこの少なさは! ここは名店ぶった気取り屋蕎麦屋か!? 

これはいきなり怒って悪かった、3口ぐらいで終わりのように見えるが、なんのなんの普通の盛一つ分は優にあった。貧乏人だから量が変に少ないと怒り出す傾向がある。許してくれ。味は案外いけた、弾力があってなかなか旨い。

満足して”○○岳”とかいう冷酒を追加、瓶に入って冷えて大きめのグラスと一緒に出てきた。周りを見回したら、向こうの長卓子で禿のおっちゃんが、蕎麦を汁にドボンと浸し、あまつさえその上から押し込め汁の中で2,3度かき回してから口に入れていた。汁は塩辛い、余計なことながら、大丈夫かおっちゃん! 

 

f:id:donitia:20190423145405j:plain


 

 だんだんと陶然となってきた。

酒は好きだが強いたちではないから瞬く間に陶然となる。

陶然となって駅に行き陶然となって電車に乗る。

春の宵に陶然となるのは当然か、はたまた陶然となりたがっているのか?

この日の距離はおよそ14㎞(JPS)