doniti 日誌

( おもしろき こともある世を おもしろく)

梅雨はまだ貯水池の水と空

 多摩川の水は羽村から地下に潜り住宅地を抜け横田基地を突通り村山貯水池に至る。

 村山貯水池の水は、また地下に潜んで彼方の境浄水場まで旅をする。

 

 

 村山貯水池の西武多摩湖駅のホームに降りたら、やたら人がホームの向こうへぞろぞろ歩いて行く。惹きつけられるように尻馬に乗ってそっちへ行ってみたら、改札の外で貯水池ハイキングの受付をしていた。なあ~だ、この団体だったか、と思ったが後の祭り。

 貯水池の堰堤までよっこらしょと土手を登らねばならぬ。汗を流して登って、さて、正規の出口はどこだったのだろうと、付近をうろうろ探し回って別な遊園地駅前に出てしまい、そこから延々また堰堤まで戻ったら、今回の同行者が待ちくたびれていた。

 

 

 二人でぽくぽく堰堤を歩く。目の届く限り水の青と、空の青と、丘陵の緑だけ。頭の上がすっぽり空っぽになったように大きく広がって、青空の中に吸い込まれるような気がする。梅雨はまだ、水と空がきらきらとやけに明るい。

 ここの水は取水塔に吸い込まれて地下の導水管に潜り、土手を下ってから境浄水場まで約10㎞、導水管の中を流れ下る。その管の上に道路を造り、自転車と人だけを通す。今回はその道路を、流れている水を思い描きながら歩こうと思う。今回も上天気で暑い。



 堰堤から下っていく坂道の、右側は草原、左は自然公園となっているが、取水塔からの導水管がどちらに埋まっているのだろう、所詮分かりようのないことを二人で、ああであろうか、こうであろうか、と言って、余分にくたびれた。

 坂を下りきった先に導水管が埋まっているはずの直線の遊歩道、正式には多摩湖自転車歩行者道が伸びている。車止めががっちりガードして、自転車がようやくすり抜けられる。さあ、いよいよ水道みちの始まりだ。

 

 

 なのだが、その先に西武線のガードがあるし、小さい駅舎もある。この真下に導水管が埋まっているというのは、いささかいかがなものか、と思って左手を見るとなにやら怪しげな土の道が一本通っている。

 遊歩道と導水管埋設箇所が少しづれているのでは、と思う。あとで考えてみると、道々、このような場所が何カ所か目に付いた。道の真下に導水管が埋めてあると馬鹿正直に考えるのは、どうも知恵が足りないかもしれない。

 

 

 間もなく東村山浄水場のお尻に突き当たった。この上水場は導水管が埋められた大正時代には存在してなかったので、当時村山貯水池の水はまっすぐ境浄水場に送られていたはず、だが現在はここに連結されているという。

 この浄水場の、お尻ばかり拝見するのは失礼だから、正面玄関を見たいと思って迂回した。が、行けども歩けでも、現れない。恐ろしいほどの陽にじりじり焼かれて、広大な敷地をぐるっと回込まねばならないらしい。暑い、くたびれた、嫌になった。

 「もう止めて戻ろうか」と言ったら、同行者が「ここまで来た日にゃ、何が何でも、是が非でも、この後の歩きを止めてでも、行かねばならん」というので、ぐんなり諦めた。ほうほうの体で正面玄関に到着してみると、変哲もない玄関だった。

 玄関前の道路を隔てた先に、これも怪しげな煉瓦畳の道があり、同行者が、ずっと続いているよ、と言う。埼玉県の朝霞浄水場との連絡管が埋まっている道かもしれないが、そっちの方へ行った日にゃ、どこの果てで野垂れ死ぬか分かったものじゃない。

 

 

 往復3㎞も無駄な寄り道をしてへろへろになり、もとの道に戻って空堀川を渡った。この川を伏せ越しで導水管は越えているのだろう。そしてそのすぐ脇にある東村山中央公園に入る。もう誰が何と言ってもここで昼飯にする。そしてぐったり休憩するべし。

 子供が遊具で遊んでいるのを、お婆さんの塊りが屋根の下のベンチでのんびり眺めている。アジサイが涼しげに咲いている。樹木が亭々と茂り、涼しい風が吹き抜けている。無意味に広いだけの芝の広場が、皐月の陽を鬼のように浴びている。

 ゲートボール広場の脇の、あずまやの下を占拠し、おもむろにコンビニ握飯を取りいだして、おごそかなる昼の宴を開始する。若い娘っ子がスマートフォンを見ながら、アジサイの向こうを通り過ぎていった。

 

 

 さあ、昼飯を食った。いつまでもげんなりしてはいられない。「これでもまだ三分の一かあ」と同行者が言う。そうだけれど、今それを言うのかあ。無視して公園を出てまた水道管埋設道路に戻った。右手に西武線の線路が続いている。

 民設四季の森公園で小憩する。民間が設立した公園の由、周囲200mほどの芝の広場を大きな樹木が取り囲んで、その下にベンチが設えてある。寡黙に一人本を読む人、ぼう~っと空を見上げている人、風が通り抜ける。

 

 

 小平駅前を通り抜けた時「都会に来たようなだなあ」と同行者が言う。歩いている道は両脇を樹木が覆っているため、周りの景色が見えないし、見えても畑が多かった。高いビルが建っている小平の駅前は大都会である。

 大都会を過ぎると道は鬱蒼とした樹木で覆われ木下闇の如くとなったが、やはり都会らしく人が大勢歩いている。なんの用事があってこんなところを歩いているのか、そんなことは言えない。こっちだってなんにも用事が無いのに歩いている。

 

 

 道っぱたに小平に在住した彫刻家のブロンズ像が展示されている。ちっちゃいものからそれなりの大きさのものまで、無慮16体も点々と置いてある。立ち止まってちょっと眺めてふ~~んと言ってまた歩く。

 

 

 道脇のアジサイ公園という小さな広場にアジサイがわんさか咲いていた。「アジサイは今が盛りかあ」と同行者。女の人が5,6人紫陽花の花影に見え隠れしている。青いアジサイが中心で、至って地味である。ここでも休憩した。

 

 

 そして「小平ふるさと村」に着いた。ここは江戸初期から中期の建物を復元した開拓ゾ-ン、江戸後期の建物を復元した農家ゾ-ン、明治以降の近代ゾ-ンを配置し、時代を追って見学できるようになっている由。

 その一つである江戸初期に開拓された小川村時代の農家を、推定復原した建物があり、そんなものを眺めたり、その時代の名主の復元した玄関を眺めたりして、奥まった広場のベンチでごっつうに大休憩した。

 

 

 「小平ふるさと公園」を出て道は、暑さの盛りを過ぎて歩きやすいのだが、もう一つ元気が足りない気がする。小さな公園が道脇にいくつもあって、腰を下ろしたい誘惑がむらむら湧き上がるが、そんなことばかりしていたら到底今日の埒が明かない。

 

 次の花小金井駅前でアイス休憩にした。コンビニでガリガリ君を買って、むさぼるように齧る。下校の中学生が不審な顔で見ていくが、構ったことではない。夏の歩きはアイスが必需品、これなくしては馬力が出ない。

 どうも休憩ばかりしている。体力の限界らしく思われる。同行者はそれほど消耗していないらしいのに、わが身が情けなかあ。20年くらい前は夏の盛りでも20㎞は歩けた。今は10㎞だけで顎が干上がる。歳は取りたくないが取らないわけにはいかない。

 

 

 3時ころの陽はずいぶんおとなしく優しくなった。鬼を踏みつぶすような陽ざしの時間は過ぎ、行程もあとわずかだ。そして「馬の背」という、周りより2,3m高くなった土手の上に出た。この土手の中に導水管が埋まっている歴然としたかたちをしている。

 ここにきてようやく、導水管の中を滔々と流れる水を意識した。水の上を歩いている気がしてきた。周りが低いから眺めがいいし、爽やかに風も吹き抜けていく。下の自転車道を人が歩いているのを見て、得も言われぬいい気分がした。

 

 

 ついに広~い五日市街道に突き当たって多摩湖自転車歩行者道は終わった。が、導水管埋設道路らしき道はその先へと続いていた。それは境浄水場へと続き、浄水場の敷地で消えた。終わったのだ!

 武蔵境駅方面に曲がって、境浄水場の正面玄関に敬意を表した。多摩川で取り込まれた水は、村山貯水池を経てここまで旅をし、ここで晴れて水道水となって、世田谷の和田掘配水場へ、そして家庭へと別れてゆく。さらばじゃ。

 

 

 水の俤さえない水道みちを歩いてどうするのだ。

 どぎゃんもこぎゃんもしようがないけれど、まあ暇だからなあ。

 しかし変化のない直線みちを歩くのは疲れるものだと知った。

 

 

 その後の反省会は、疲れ果てて飲めなかった、無念! 

 帰宅までの総歩行距離:20.8㎞。こころ安く休め。