doniti 日誌

( おもしろき こともある世を おもしろく)

烏の勘公失望せしこと

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家の周りの空をときどき烏が飛んでいることがある。

そうして電柱にとまって人を馬鹿にしたような顔で下を見ている。その電柱の一本にはトランスが据えてあってトランスの上に長い腕木が出っ張っている。またその腕木の上にも複雑な腕木が組み込まれていて、そのいずれにもガシャガシャした針のようなものが植え付けてある。

 

ある時そのトランスの電柱の長い腕木に烏が一羽とまった。

何も気にしないでいたのだが、別な日に見ると烏が小枝を咥えて電柱にとまった。なにごとならむ、思って見ていたら、奴はひょいっとその上の複雑な腕木に飛び移って、ガシャガシャした針の間の、狭い隙間があるのだろう、そこへ丁重に小枝を設置しせしめた。

 

まさかこんな人家の近く、しかも電柱の上に巣を作るなんてことはあるまいが、と思っていると、次の日もまた次の日も小枝を咥えて丁重な設置に余念がない。この様子はサンデッキからよく見えるのだが、こころなしか烏の奴はあの人を小ばかにしたような表情をやめて至って真剣なようにも思える。

 

この時から烏に”勘公”と名前を付せしめ観察にいそしむことにした。

デッキに出るたびに勘公はいそいそと小枝を運び、複雑な腕木に飛び移って丁寧だか雑だかよくわからないけれど、ここから眺めていると極めて慎重に小枝を設置せしめているかのように見える。

 

さて、いつ頃なれば雛が懸命に餌をねだるようになるのだろうか、いつ頃になったら雛がギャアギャア騒ぎ立てるようになるのだろうか、はたまたいつ頃巣立ちをしてどこへ行くつもりなのだろうか。なんだか楽しみでもあるように思われた。

 

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 ある日デッキに出たら、電柱工事の高所作業車が件の電柱にへばりついていた。

高い位置のゴンドラに二人のおじさんが乗って何かしている。よくネットのケーブル工事があるから多分その作業だろうと思っていると、一人のおじさんがやおら電柱から小枝の塊を外し始めた。

 

むむ、と思っているとごっそり小枝の塊を抱えて、それをそのままゴンドラの中に放り込んでしまった。う~むそうであったか。 電柱会社の係が一帯の電柱を検査して回って巣を見つけるというのもうなずけないから、誰かが、電柱に不埒な勘公が巣を作っている、極めて不都合であるから撤去せしめよ、と通報したのかもしれない。

 

 

高所作業車が消えてから間もなく、何もし知らない勘公が例の如く小枝を咥えて帰ってきた。そうして巣のあった場所に飛び移ったが、なんだかきょとんとしている表情に見える。しばらく巣のあった場所で巣を探している風であったが、やがて顔を上げ離れた電柱にとまって、なおも不審である、という風に巣があったほうを眺めていた。

 

だいぶ経ってから勘公は傲然と胸を張り顔を上げてどこやらに飛び立っていった。

以来勘公の姿は消えた。その後は全く姿を見せない。人気のない林の中に新たなマイホームの適地を見つけたのか、もはややる気がなくなって、巣なんぞ作るもんか! とふてくされているのか、人間に憤慨しているのか、いずれにしろ勘公は失望したらしい。

 

烏はひなが生まれるのを感知して巣作りを始めるのか、それとも巣を先に作って雛の製造を試みるのか、そのあたりのことは何も知らない。また、勘公、勘公と呼ばわっているものの、勘子なのか勘江なのかそれも知らない。