あてなく彷徨せしこと 2

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稲城市の丘陵地を当てなく彷徨っていて「ありがたや墓石群」に圧倒された。

累々と重なり並ぶ、苔むし摩滅し崩壊しつつある何百何千としれぬ、墓石、石仏にがつんと頭を殴られた。一説では数は4千基あるそうだ。これだけのものを終戦まじかな時期に駒込あたりから営々と運んでこの急峻な谷間に安置した、という。

同時にこれらのおびただしい墓石、石仏の一つひとつに込められた人間の情念が想像できるような圧倒され方だった。ウイーンだったか、人間の骨で装飾された礼拝堂があるそうだ。御堂の内部装飾を頭蓋骨やら大腿骨で飾り立ててあるという、そのことを思い出した。東と西と遠く離れているけれど、人間の情念は似たり寄ったりなのだろうか。

 

 

墓石群の麓にある「妙覚寺」という小さな寺に立ち寄ってみた。あの墓石群のある墓地そのものはこの寺のもので、「日徳海」に依頼されて墓地の上のほうを提供したらしい。しかし寺にはそれに関する説明も何もなかった。

境内に古い時代(1454年)の板碑(市指定文化財)が設置してあり、誰もいない森閑とした境内に紅葉や楓の春の芽吹きが、美しく風にそよいでいるばかりだった。それはまるで秋深い紅葉を思わせるが、葉は生きいきとして命にあふれていた。


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さて、また三沢川に戻って上流へ行ってみようと思う。

 そこに何があるかそれとも何もないか知らないが、何もなくても何かをお求めているわけでもなし、時間だけはまだ十分にある。春の日永を夕暮れ迫るまで歩き続けてもだれも文句は言わない。

すぐに三沢川に架かる橋に出た。左岸は河川敷公園のようにきれいに整備されていて、土手の草原に若い男女がぽつんと腰を下ろしていた。土手の染井吉野は散り始めているがまだ半分ほど花びらが残っている。

 

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 両岸の遊歩道はほんとにきれいに整備されていて若い女性なども散歩している。散り始めた桜並木は残った蕊が赤い色をしているので、何かの花のように見える。桜が散ってまた別な花が咲いたように見える。これはこれできれいだと思う。

水の底には鯉が獰猛な瞳を隠しながら漂っている。水面に浮かんだ花筏をいやらしい大口を開けてざばりと飲み込んだ。空には薄い雲が広がっているが温い風がさらさら吹いて長閑な気持ちがする。この長閑な感じは遠い昔にも同じように感じたことがあるように思う。周りや人は変わっても風は昔のままの風であるらしく、それを感じている。

 

 

道々古い甲申塔などにも立ち寄ってみた。ほとんどが砂岩らしき石に青面金剛を彫り付けたもので、形が溶け目鼻が崩れ文字は消えてしまっている。だけれども、みな鞘堂に収められて大事にされているらしい気配がある。よそ者(地方者)が多い東京の地で、このことはまた不思議な感じがした。

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岸辺の遊歩道に、 目に見えないほど少しずつ春の宵の気配がどこからともなく沁みだしてきて、子供たちがそろそろ家路を辿り、急ぎ足のおかみさんが買い物かごを下げていく。いつも思うけれど、帰るべきねぐらがあることはすべての動物にとって、この上なく幸せなことではあるまいか。ともかくも安心して夢に落ち込むことができる。

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5時半を過ぎて、いくら風来坊を気取っていてもそろそろねぐらに帰らねばならぬ。

お寺で休憩しつつ、はてどこへ向かったらよかろうかと地図を睨む。目換算だけれどここから北へ3㎞ぐらい歩くと南武線南多摩駅がある。もっと近ければ京王線若葉台駅だけれど、そのあとの乗り換えが面倒だ。

南多摩駅を目指す。大きな道路に出て丘陵の高みを越え、そして下り、また大きな道路に出て多摩ニュータウンの一角に入る。多摩ニュータウンは大部分が多摩市だけれど、この辺もまたニュータウンとして開発された。

馬鹿みたいに広い道路と、周りにそそり立つ高層マンションと高級戸建て住宅の中をもはや、しおしおと俯きながらひたすら歩く。帰り道は何の楽しみもない。それでは可哀想なので、よし、南多摩駅前に蕎麦屋があればそこで反省会を一人で挙行しようと決める。それを元気の素としてひたすらに歩く。

 

 

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 南多摩駅前に蕎麦屋はあった! 

入ったら壁にトンカツやらカレーやらキムチどんぶりやらのメニューが貼ってある。これはしたり失敗した、瞬時に思ったが、ではさようならと帰るわけにいかない。例によって例の如く、日本酒1本と盛り蕎麦。

日本酒を一口含んでとたんに帰りたくなった。雑味だらけで舌を刺激する。しかし意地汚く全部飲んで蕎麦を啜るとこれは案外まともだ。などと自分勝手な判断と偏見とのオダを聞こえないように口ごもってそそくさと電車に乗る。

 

 

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 春は急ぎ足で通り過ぎるらしい。

また来年になったら来るさ、と思ってもだれも保証はしてくれない。

だからせいぜい歩こうと思う。

本日はおよそ13,4㎞? (途中JPSを誤って遮断、歩数計からの推計値)