比企丘陵の風

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忘日、天気はいいし、暇だし、生越に行く。

いつもどこへ行こうかと思案する。できれば歩いたことがない面白いところがいい。と思うが、地図をぼんやり眺めてもちっとも分からない。また、面白くても人が多いところはご免こうむりたい。

そんなわけでちっとも決まらない。つまるところ昔歩いて面白かったところが頭に浮かび、そうしてつまり同じ場所を歩いてしまう。今回もそういうわけだ。なんだかなあ~とつくづく思う。

 

 

八高線、生越の駅前と街中はどんどん寂れていくような気がする。そうして店が閉まったり無くなったりして、以前は目立たなかった古い建物が逆に目に映る。そういう建物の数は少ないけれど、しかし昔の建物は風情がある(ように思う)。

おりしも駅から同じ方向へ歩く女性の3人連れ、おばさんと娘さんとの中間ぐらいの、観光客のようだがいったいどこへ行くのだ? 町役場の前を通り過ぎても同じほうへいく。だが考えてみれば、不思議に思うのはこちらが迂闊というもの。五大尊の躑躅山へ行くらしい。そういえば躑躅が今満開だろう。

 

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 (蔵造で3階建、市指定文化財

 

 

躑躅山には観光客が押し寄せていた。山の斜面を絢爛と躑躅が埋めている。で連休中でもあるから入場料をかすめ取る(300円)。斜面の躑躅の花影の道におばさんプラスおばさん、そして少しのおっさん達。大部分が近郷近在から集まって来たらしい人たちが坂道をシンドそうに上ったり下ったり。

開け放たれた五大尊のお堂の中でお坊さんがむにゃむにゃ、地元の人らしいおっさんが4,5人神妙に居座る。それを遠巻きにしてぼんやり眺めている観光客。地元の由緒あるお祭りもこの際一緒にやっちまえ、というところだろうか。

麓では祭りのダシ車が半分引き出され、お囃子を奏でていた。お決まりの露天商や食べ物屋の屋台などはほとんどなく、まあ、静かで清々しいお祭り。ちなみにここの躑躅は江戸時代に植えられたのが始まりで、中には樹齢300年というのもある由。

 

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そのあと生越梅林へ向う山のほうに入る。田んぼに囲まれた山裾に、昔からある1軒のパン屋さん。最初のころはこんな田んぼの中で続くのか? と思った。いまだ健在、よく頑張っている。おりしも自転車の一団が入っていった。

このパン屋さんは自転車の人たちに有名だそうだ。ネットの口コミで、旨いという噂が広がったのだろう。それを見通せず”大丈夫か? ”などと思ったのは先見の明がない、謝る! 近所の人たちも買っていくそうだから事実旨いに違いない。

 

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近くの山の瑞々しい新緑が美しく、立ち止まっては眺める。しかしこの初々しさも今の時期だけ、ふと気が付けば葉っぱは黒みを帯びてふてぶてしく、またふと気づけば無残に茶色。時の経過は容赦ない。

 

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梅林へ行くと見せかけてひょいっと反対側の山の細道へ入る。細道だから時たま車、多くは自転車。この辺りは自転車の人たちにとってのメッカなのかな? 道は緩やかな上り。そもそも八高線の沿線は山地が平野に変わる 間境の地、丘陵の低い鞍部を越えて里、また丘陵を越えては里、の繰り返し。

道の傍らに「柳沢馬頭尊」の看板。三面二臂の憤怒像だけれどどこか優しげな面持ち。それにしても銅で作った仏かと見まごうほど崩れ朽ちかけた印象は全くなくきれいだ。天保11年の記年、約180年前の像。

 

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両側の山が迫ってきて、麗らかに陽が照る中に民家がぽつりぽつり。お地蔵さんが春風に吹かれている。道端の草や花に目が行く。なんだか不思議なことにギシギシ(か?)の葉っぱだけが茶色く枯れている。よくよく見たら葉っぱに1cmぐらいの黒いイモムシがわらわら、葉っぱを食い殺した?。近くに無数のテントウムシ、この関連は埒外

 

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長閑な山里の長閑な草っぱらに座って昼飯、例により例の如く。青い山、緑の草原、陽は麗らか、下の水たまりから蛙がケロケッケ、懐かしさが胸をよぎる。しょうもないことを考えながら昼飯。

しょうもない考え。長閑とは:空気が昔を思い出させるー子供だった長閑な時代にふと吹いてきた柔らかい風、その風が今また吹いてきて長閑だった子供時代の記憶を呼び覚ます。つまり皮膚からの感覚入力。懐しいとは:景色や音が以前の時を思い出させるー昔見た光景や聞いた音が記憶を呼びさましてある感慨を引き起こす。つまり視覚と聴覚からの入力。・・・長閑と懐かしでは両者の入力器官が違う--かな?

 

 

なだらかな鞍部を越えてこのまま行けば車ブンブンの街道、で、また脇道へ逸れる。さっきより傾斜のきつい上り坂の途中に「ときがわ町温泉スタンド」。なんじゃこりゃ!? ときがわ温泉をここへ持ってきて給湯(?)できるらしい。20ℓで100円。よほどの効用があるのだろうか!?

 

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鞍部を越えて下り坂。道から奥まったところに「ほ」という名の蕎麦屋、昔の農家の構えが見える。立ち寄りたいけれど今日の終点、小川町の蕎麦屋で一杯を予定している。それを唯一の楽しみとして歩くべし歩くべし。 

 坂を下りきって街道に突き当たる。左手少し行ったところに三波渓谷。行ってみる。来てはみたけれど変哲もない都幾川の流れ。名称は群馬鬼石の三波石に似た石を産する故とか。小学生ぐらいの男の子と女の子、二人とも上半身裸。泳いだの?、うん、寒いよ! だろうなあ、まだ5月だぞ!

 

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都幾川に架かる小さな橋を渡る。ここは川辺のキャンプ場、子供たちが流れでじゃぶじゃぶ、奥には絶対びーびーきゅう施設があるな、ぜったい! 近くには日帰り温泉の「都幾川四季彩館」がある。

坂を上って静かな山里。昼下がりの陽光の中で眠っているような家々と畑と緑の山。緩やかにカーブしながら続く細い道。時折吹く風でかすかに騒ぐ葉連れの音。

 

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車の多い街道に突き当たる。途端に疲れを覚える。俯いて丘陵の鞍部を上って下ってまた別の街道、ここもまた緩やかな上り道が続く。こういう街道を歩く要諦は、脇道に入るべし。丘陵の鞍部に差し掛かる前と越えた後には、たいてい小さな集落があって、そこに細道が通じていてまた街道に戻る、というパターンが多い。

そういう細道に入ってみたら、八高線の線路。線路わきの田んぼでは田植えの準備で草を刈る人。しかしどこでも草ぼうぼうの休耕田が多いなあ。しばらく線路際を歩いて集落が切れ、また街道に戻る。ここからは切通しの鞍部だから 脇道はない。

 

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忍の一字、我慢の歩きで鞍部の歩道を越えていく。疲れが足に来てとぼとぼと、全く爺様歩きの情けない姿、歳は取りたくねえ! 頂上を越え「小川町」の標識。下っていくとまた脇の集落に続く細道。入る。眺めがいい。

 

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街道の歩道の味気無さ、集落の細道の得も言われぬ案配、そこの民家のしっとりと落ち着いた佇まい、よく手入れされた畑や土手、裏山の緑、遠くかすむ空。細道に入ると足は元気を取り戻し街道に出ると途端に反旗を翻して爺様歩き。

しかしそういう元気の出る道も長続きはせず、また街道に合流。両側の山が次第に遠のき前方が開けてきて小川の街並みに入る。街の中も特段面白いわけではないので、もうまっすぐ駅に向かう。槻川を渡り国道を越え、ただただ蕎麦屋で一杯を楽しみに思い浮かべて、よたよたとぼとぼ。 

 

 

着いた! 上州めん本舗、到着!! さあさあ、蕎麦を啜って一杯飲んで疲れたこの体を労わってやらねばならない、と扉に手をかけたが開かない。ふと上を見たら張り紙「本日の営業は終了いたしました。麺がなくなり次第終了」・・・ぎっちょん!!!!

 さてどうしたらよかと!? グーグルマップでは他に蕎麦屋表示されず。う~~む、食えないとなったら余計食いたい。生越まで行って途中下車して「よしひろ」に行くか?しかしあそこは駅から少し離れているし、行ってみて「本日終了」なんて言われたらそれこそ、その場にへたり込んで動けなくなりそうだ。

それでも念のためと、駅前の店で聞くと蕎麦屋は他に2軒あるという。すぐそこは、そうだ今日は定休日だ、それじゃ銀行の手前にもう1軒、行ってみな、ということで探し当てた。扉を開けたら顔の長いおっさんが出てきて「今日はもうおしまい!」

 

 

もういいや! そんなにみんなで寄ってたかって邪険にするなら小川町の蕎麦なんて食ってやらない。駅前の一杯飲み屋「太田ホルモン」に入る。今日は予約でいっぱい、カウンターならと。どこだってもういい。店は小汚いがお客が次々。大繁盛の店らしいゾ。あれだな、きっとネットだな、若え衆が寄ってたかって評判にしてんだな。

スタッフは家族らしい。でっぷりした白髪親父が中華炒めを次々作る、奥さんらしいおばんが注文を受け、姉妹らしいおばさんとお姉さんと高校生の女の子とが料理を運ぶ。おばさんの亭主らしい中年がひたすらモツを切り刻む。高校生アルバイトらしいのが3人モツを焼く。

モツ焼き3本、ビール。ゆるく溶いた辛子味噌ダレがコップ一杯。モツ旨し! 普通の生ビールじゃなんだか腰がない、黒生をお代わり。隣のホルモン焼きの皿がじつに旨そうだ。もう少し食いたいし飲みたいが今晩は晩飯を食うことになっている。我慢!

 

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飲み代1500円を置いて 駅へ行く。今度の八高線は約1時間待ち、がび~~ん! 八高線はだんだんサービスが悪くなってきた。本数が少なくなり(1時間に1本)、やたら駅で長時間停車するし、スピードは死ぬほど遅いし、だからサービスをとことん落として客離れを起こし、とどのつまりは廃線にしようとしている、と勘繰りたくなる。

 

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 それはともかく、線路の向こうに陽が沈んでいく。西の空が最後の燦爛を放射する。忘れたころにようやく電車が来た。もそもそとゆっくり動き出した。窓が黄色を帯びた赤胴色に輝く。その色がゆっくりゆっくりと退潮していって、家の明かりが灯ってきた。

 

本日はよく歩いて17㎞ほどか?