doniti 日誌

( おもしろき こともある世を おもしろく)

多摩丘陵うおうさおう

 

 急に気温が高くなって春めき、こころそわそわ。

 で、ある人のブログをきっかけに、古道、布田道を歩いてみる。

 

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 布田道は布田五宿(調布市)と小野路宿(町田市)を結ぶ往還。だけれど、宅地の開発などでほとんどはその姿を変え、往時を偲ぶよすがは、小田急線黒川駅から小野路までの多摩丘陵に、その俤を危うく残すのみ。

 この間であっても、丘陵の細道が縦横に入り乱れ、これが布田道だ! と決定付けるのは至難と思われる。多少ルートが違っていても、なんの、要は春めく中を、多摩丘陵の田舎道を気分よく歩ければ、それで上々文句なし。だから地図は掲載しない。

 

 

 てなわけで黒川駅下車。が、とたんに迷った。まず目指すは鶴川街道なんだが、どっちの出口だあ? 地図があるのに、無類の方向音痴を呪いたくなる。その辺を歩いている人に聞いても解らない。駅に戻って大声で駅員を呼ばわり、やっとこさ解明。

 先が思いやられる、今日中に小野路まで行きつけるのかあ? うろたえた気分を落ち着けるため、駅前で日向ぼっこしていた白猫と遊ぶ。にゃあと声をかけるとにゃと答える。猫にしては、なかなかの愛想良しである。

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 鶴川街道に出てから右に折れると、件のブログにもあった汁守神社、奇妙な名だが特段の由緒書などは見当たらない。境内の藪椿の下に武骨な石碑がある。ふと太と「地神齊」と彫ってある。あまり見かけない石碑だが、土地の神様を祀った、と解釈。

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 そこから谷戸への道に入る。おお、これはこれは! なんという気持ちのいい道だ! 田んぼと畑が広がり、その中に細道が谷戸の奥へと続く。右手にJAの売店があり、春だから花や苗木を求める車の列。それを過ぎればめっに車は来ない。

 左の山すそに流れる小川はその名も黒川、この付近の地名なのだろう。田んぼの切り株に出たひこばえが細々と枯れている。畑には梅の花。細道は前方の丘陵の奥深く迄侵入しているようだ。ここをどこまでも、どこまでも道が無くなるまで歩いてみたい。

 たとえ道がなくなっても構わず歩き、いくつもの町や村をおろおろ歩み続け、わけが分らない処もさらに歩いて、そうして、さすらって漂って流浪したい。のだけれど、少し頭を冷やしせば、一日で警察に保護されて終わりだわナ。

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 どこまでも行きたいけれど、そうもいかず分岐点から左の丘陵に登る。くねくね進んでいくと「町田いずみ浄苑」という場所に突き当たった。ここは宗派を問わない公園墓地だそうだ。でも常勝寺という名のお寺があったぞ、どないなってまんねん。

 土手に咲き始めの河津桜、淡いピンクが春めく今の時期に似つかわしい。先の方に墓地の入り口のアーチがあって、その右側が布田道であるらしい。説明板がある。近くへ行ってみると、ちょっとだけ舗装されていて、その先は砂利道が続いていた。

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 この看板がここにある、ということはここからが古の布田道、ということだろうか。よく分からんけれど、砂利道や土の道は嬉しい。左手に墓地が続き、右は丘陵の雑木林、ここで鶯でも鳴けば申し分ないが、今は忙しいらしく鳴いてくれない。

 すぐに鉄塔が林立する変電所に突き当たった。塀に沿ってぐるりと迂回する。山道を少し行くと今度は右手に少年野球のグランド、ちびっ子たちが元気に野球の練習。件のブログによれば、このあたりに観音像があるらしいのだが、見落としてしまった。

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 そこから舗装道を下って行く。山陰に住宅が散在し梅が盛んに咲いている。毎年咲くのに、その咲く時期を一ったれも覚えていない。そんなことを考えていたので、道に迷った。スマホと地図と首っ引きで、そして悩む。くたばれ! 方向音痴。

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 道は小さな住宅が並ぶその後ろ側に細々と続いていた。すんげえ、分かりにくい。この道で大丈夫なんだろうか、と頭の中は渦を巻いている。たとえ間違っていたにしろ、命を取られるまでのことはない、胸を張って歩け、と自分に文句をたれた。

 そして別所という交差点に出た。幅の広い鎌倉街道が南北に貫いている。地図によれば、ここを突っ切って反対側の細道に続くわけだが、道は二つあって、どの程度細いのかで地図の表示が異なる。ここでも首っ引きの思案橋、そしてようやく判然とした。

 また谷戸地形の中を行くらしい。田んぼが奥へと続き、両側が丘陵に挟まれている、その右側に細道が続く。田んぼの中のゴミ焼きのドラム缶が、なんとも言えず手持無沙汰、なんでもいいから、あそこに詰め込んで盛大に燃やしてみたい。

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 だんだん登りつめていくと道は細くくねってとてもいい味わいがある。こんな誰も通らないような道端に野菜の直売がある。何か書いてある。「今日も元気で頑張りましょう」「今日ハ春本番の温かさです。今日もヨロシクオネガイシマス」

 ほうれん草が申し訳程度、2,3杷箱に入れてある。さては商売っ気ゼロだな! いろんなことを看板に書いて、それを楽しんでいるナ。時たまここを通る人が、ほほう、などと眺めるのを、どこかで眺めているお婆さんがいるぞ、きっと。

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 道はいったん広場に降りて、そこに案内標識があった。今日初めて案内標識を見た気がする。「切通」⇒こっち、と書いてあり、これで心底安心した。何度も言うようだが、ビビリで方向音痴だから歩いている道が確実に間違いないとは思っていない。

 この案内を見たからには、もう大丈夫、目をつぶっていても小野路へは行ける。ところが道は林の中へ入り薄暗くなって、どうも目をつぶっていると剣呑のような気がする。仕方がないから眼を開く。関谷の切通はすぐこの先らしい。

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 関谷の切通に来た。案内板に近藤勇が出稽古に通った道なんちゃら。と書いてある。それで思い出したが、以前三鷹にある勇の墓を訪れた時、そばにいた大学の先生が、「下品だな」と一言言ったのを鮮明に覚えている。

 それは、お墓の脇の勇の辞世と言われる石碑を見ていた時だった。その石碑の文は、

孤軍援絶作囚俘 顧念君恩涙更流     一片丹衷能殉節 睢陽千古是吾儔
靡他今日復何言 取義捨生吾所尊     快受電光三尺劔 只將一死報君恩
孤軍援(たす)け絶えて俘囚となる 顧みて君恩を思へば涙更に流る
一片の丹衷能(よ)く節に殉ず 睢陽は千古是れ吾が儔(ともがら)
他に靡き今日復(ま)た何をか言はん 義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所
快く受けん電光三尺の剣 只に一死をもって君恩に報いん 

 下品とはどの辺のことを言うのだろうと、それ以来ずっと気にかかっていた。自分にはそれが分からない。ともかく近藤勇の面構えは、ガキ大将がそのまま大人になってしまった、との印象は強い。

 

 

 その関谷の切通に到着。この下が小野路宿だ。ちょうどお昼の時間だから、小野路宿里山交流館へ行って、握り飯でも齧ることとしよう。ここには他のルートから何度か来ている。交流館も何度か立ち寄った。だからよく知っているつもり。

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 午後は多摩丘陵の別の場所を歩いてみようと思う。

 うらうらと春めく上天気。

 歩いたことのない谷戸道へ。

 

 

(つづく)