doniti 日誌

( おもしろき こともある世を おもしろく)

丘陵地の炎天



 今日の気温は35度になるという。

 このところ35度はあたりまえ~、何なら40度まで行きまっせ、と言っている。そんな中を、丘陵地をさまよってみようと思う。普通こういうのは、余り利口の沙汰とは言わない、むしろ変わり者の所業と言っていい。

 ご丁寧に、この愚行に同行者がいる。お互いにあまり利口そうな顔をしていないのは、やることがやることだから止むを得ない。集合地の駅前広場は閑散としていて、熱射だけががしがしと照って、そこへ出るとむんわりと蒸される。

 

 10時に集合した3人は、熱中症になって世間から後ろ指をさされるのだけは何としても避けたい、と固く申し合わせ、向こうの丘陵のてっぺんに見えている大妻女子大の建物目指し、恐ろしいほどの陽の照り返しの道を、不機嫌に押し黙って歩いた。

 そして丘陵を越えると、景色はどんでん返しのように一変した。ビルと道路の世界から緑の樹木と田舎道の世界に変わった。暑さがおとなしくなって和ぎ、そよそよと風さえも吹き、ここでようやく不機嫌が解消した。

 

 丘陵の麓の細道を歩いていると、灌木に赤い実が生っているのを見つけ、こういうのを目にすると、なにがなんでも、毒だろうとなんだろうと口に入れずにはすまないので食ってみたら、とろりと甘かった。

 甘いよ、というと一人が口に入れたが、もう一人がマートフォンで調べ、楮だって、という。楮と言えば紙の原料だと教えられたが、こんな実がなることを初めて知った。3人で、甘い、旨い、と言いながら食ったのは、意地汚い所業である。 

                          (例の如くピンボケ)

 

 そこから丘陵の上へ行って、上ったり下ったりして小さな谷間に出た。山桜の大きな木の陰にベンチを設えた広場がある。足元の草を小さくうねらせて吹き寄せる微風が、極めてここちがいい。急ぐ必要がないから、悠々と休んだ。

 広場から下の谷に降りてみると、湿地帯の上に木道が続いている。周りは蘆のような草が繁茂し、夏草や、と思わずつぶやきたくなる。歩いて行くと小さな池があり、覗いてみると10cmほどの水の底の泥に、小さく動くものがある。

 あ、ザリガニだ、ああ、オタマジャクシだ、あれはヤゴじゃないか。小さな生き物が色濃く住んでいるらしい。トンボ池と札が出ているからなのか、シオカラトンボのようなやつがそこいらじゅうを飛び回ってた。

 

 

 丘陵地を下って、今度は横移動する。白茶けた道路から再びムッとする熱気が上がる。汗が噴き出るが、こんな場所で立ち止まるわけにいかない。早く目的地に到着して木陰で休むことだけを考える。皆ひたすらむうっと押し黙って歩く。

 ようやく目指すお寺に到着。欲も得もなく、木陰にへたり込んだ。そよらと頬を撫でる、あるかなきかの風が愛おしい。目を上げれば周りを取り囲む樹木の緑が、いっそう清々しく目に飛び込んできた。

 一人がバナナを取り出した。無言で3人、あんぐりもぐもぐ、腹の中に沁み込むような味がする。水っけの少ない果物だけれど、バナナには侮れない力がある、と思った。果物も見かけによらないものだ。

 

 

 バナナを食って、みっしり休んで近くの緑地公園へ行く。夏草が茫々と茂る見晴らし広場に登ってみると、南西の眺望が開け、生き返るような風が吹き抜けている。木陰の下で若い家族連れが二組、小さな子供たちと食事中。子供たちが可愛らしい。

 我ら爺いもその隣のベンチで昼飯。そよ吹く風が一番の御馳走かもしれない。薄雲が広がってきて、鬼のような陽ざしを包んで、お~し、いいぞ、これで午後は少し楽になる、と高齢者はそっとつぶやく。なんといっても後ろ指さされだけは避けたい。

 

 

 昼飯が済んで緑地公園を下っていくと、おどろおどろしいような池が、鬱蒼と覆いかぶさった暗い葉陰でまどろんでいた。丘陵地の低地にはどこでもいささかの湧水がある。昔はこのか細い水が命の水だったかもしれないなあ、と考えた。

 奇妙なことに、赤く色づいたモミジの木が一本だけ池の中に突っ立っている。この青葉の季節なのに、どういうことだろうかと考えてみたが分からない。萌えだしたばかりの葉っぱではなさそうだし、如何なることならむ?

 

 

 

 緑地公園を抜け出て、道路の向こうの谷地に入る。樹木や草が、これでもかと繁茂し谷地を埋める中に、土の道が緩やかに登って行って、小さな田んぼが並ぶ畔で父親と少年が昆虫採集らしい。少年はこの日をずっと忘れないだろうナ。

 

 

 

 谷地を登って行って、開けたところに炭焼き小屋がある。その脇の、木の切り株に腰を下ろして、ろーとるはまた休む。いい塩梅に、がしがしの陽ざしは薄雲の広がりに遮られて、あまつさえ風までそよらそよらと吹き抜けていく。



 「この炭焼き小屋も、さっきの田んぼも、ボランティア団体が管理維持しているらしいね」「偉いね! こういう谷戸は今、ほっとけば産廃処理場と廃棄物の山になっちゃうからなあ」「昔ながらの丘陵地は多摩地方でも、もう残されているのが少ないよな」「そこに気が付いて、市ではこの丘陵を宅地開発から転換し、維持管理の方向へ舵を切ったというよ」「うむ、やっと気づいたか、なにもすんじゃねえ、このままそっとしとけ! 」・・・爺いは歩くのを嫌がっても口先ばかりは達者だ。

 

 

 しゃべり倒して気が済んで、雑木林の間に畑が点在する奥へと、更に入っていく。道が様々に分岐していて、案内板が整備されていないのでたちまち迷った。ダメだ! 俺に任せろ、と慎重居士が地図を片手に進んでいく。


 

 雑木林を抜け、畑の間も抜け、見晴らし台で一息入れて下っていく。日が傾きかけてもう死ぬほどの暑さはないが、なによりも熱中症を回避できたので、丘陵を降りたところにある神社に、まあ、とりあえずお礼を申し上げた。

  

 

 神社の隣にある里山交流館で、本日の行動は終了。暑さにぶっ倒されなかったことにつき、ビールを以て乾杯す。一杯目が喉と脳みそにじんじんと滲みて言葉もなし。飛んでもないバカげた所業だと思ったが、これにて利口の所業となす。

 

 駅に行くバスは1時間に一本、あと40分もある、で、慎重居士がさかんに電話をかけまくってタクシーを呼ぼうとするが、なにならむ、ちっともはかがいかない。バスの時間まであと10分、というところでようやく捕まって、やっとのことで駅へ。

 

 立川駅前で大宴会開催。酔うほどにしゃべり、しゃべるほどに議論し、杯を重ね喧嘩腰になり、ふっと気付いておとなしくなり、いやはや、爺いの酒盛りは面倒だなあ! しかしながらこれもまた人生か??