この季節になると、毎日のように西の空が茜色に染まる。そして赤、黄、緑の色合いが刻々と変わっていく。普段は何もない空が、この時刻ばかりは、輝くような壮観がしばらく続くこととなる。寒いだろうに我慢して見入っている。
その茜空に、ときとして真白な飛行雲が先端をきらめかして突っ込んでいく。あの中にたくさんの人が、幸せそうな笑顔で、ヨーロッパや東南アジアに行くために座っているのだろうナ。行く先には楽しいことが待っている。
ヨーロッパや東南アジアどころか、国境を1ミリたりとも越えたことがない。金が無かったし、少し余裕ができた時にはすでに、面倒だ、が先になってそのままずるずると、ここに至ってしまった。なにごとにも怠惰なナマケモノだった。
しかし今では、余り羨ましくもないようだ。知らない土地に行ってみたところで、この節穴のような目ん玉では、見ていて見えず、ただただぼや~~っと過ごすに違いない。見分が広がって人生観が変わるなどという、大それたことが起こるはずがない。
それでも茜空をよぎっていく白い飛行雲を眺めていると、不思議なことに、わくわくするような気分がする。自分が乗ってるわけでもないのに、これは余計なこった、なのだけれど、そういう思い入れはたぶん仕方がないことなのだろう。
そう言う思い入れがあるからこそ、冒険譚を面白く読めるのに違いない。『極夜行』(角幡唯介)を夢中で読んだ。北極の昼のない極夜に、犬と二人で氷の台地を何か月も旅する物語、人はとんでもないことをしでかすものだと感心した。
節穴の目ん玉をぶら下げて、下手に海外に行くよりも、こういう本を読んでいた方がなんぼかましだとも思える。自分には到底できないことを、やっちまう人を知り、思いもかけない土地の情況を読むと、まさに目を開かれる思いがする。
今日も西の空が輝くように明るくなって、
次第にそれが茜色に染まっていき、
赤や黄や橙色に変化して、そうして薄暗い夜になった。